Archive for the ‘金融’ Category

人工知能は信用できるのか、AIのブラックボックスを開きそのロジックを解明する

Friday, December 2nd, 2016

AIの実力が高く評価されDeep Learningを応用したシステムが社会に広がっている。同時に、AIの問題点が顕著になってきた。AIは統計学の手法で入力されたデータから特徴量を高精度で検出する。メディカルイメージからガンの兆候を医師より正確に検知する。しかし、AIはなぜ癌細胞と判断したのか、その理由を語らない。

自動運転車は人間より遥かに安全に走行するが、その運転テクニックは開発者ではなくAIだけが知っている。我々はAIを信用できるのかという大きな課題に直面している。AIに生命を託すことができるのかの議論が起こっている。疑問に対する答えはAIの内部にある。AIのブラックボックスを開けて、そのロジックを解明しようとする研究が始まった。

出典: Xiaolin Wu, Xi Zhang

顔の特徴で犯罪者を特定

AIが抱える本質的な課題が様々な形で露呈している。中国のAI研究者は顔の特徴で犯罪者を特定する技法を発表した。これはShanghai Jiao Tong University (上海交通大学) で研究されたもので、「Automated Inference on Criminality using Face Images」として公開された。この論文によるとアルゴリズムは89%の精度で犯罪者を特定できる。つまり、顔写真をこのアルゴリズムに入力すると、この人物は犯罪者かどうかが分かる。

犯罪者には三つの特徴がある

この研究ではDeep Learningなど顔を認識するAI技術が使われた。アルゴリズムを教育するために、男性の顔写真1856人分が使われ、そのうち730人は犯罪者である。また、この論文は犯罪者の顔の特性についても言及している (上の写真)。犯罪者には三つの特徴があり、一つは上唇のカーブが普通の人に比べ急なこと (上の写真右側、ρの分部)。また、両目の間隔が狭く、鼻と口元でつくられる角度が狭いことをあげている (上の写真右側、dとθの分部)。但し、この論文は公開されたばかりでピアレビュー (専門家による評価) は終わっていない。

背後にロジックがない

いまこの論文が議論を呼んでいる。人物の挙動から犯罪者を特定する手法は監視カメラなどで使われている。しかし、顔の特性から犯罪者を特定するAIは信頼できるのかという疑問が寄せられている。AIは学習データをもとに統計処理するが、顔の形状と犯罪者を結び付けるロジックはない。仮にこのAIが犯罪捜査で使われると、一般市民は理由が分からないまま容疑者とされる恐れもある。Deep Learningが社会問題となる火種が随所で生まれている。

GoogleのAIが女性を差別

世界の最先端のAI技術を持つGoogleだが、AIに起因する問題点を指摘されている。YouTubeは聴覚障害者のためにキャプションを表示する機能がある (下の写真)。キャプションは発言を文字に置き換えるたもので、Googleの音声認識技術が使われる。その際に、男性が話す言葉と女性が話す言葉でキャプションの精度は異なるのか、調査が実施された。(National Science Foundation (アメリカ国立科学財団) のRachael Tatmanによる研究。)

出典: YouTube

YouTubeは女性の声を正しく認識しない

その結果、YouTubeは男性の声を女性の声より正しく認識することが判明した。具体的には、音声認識精度は男性の声だと60%で、女性だと47%に下がる。つまり、女性は音声認識精度において差別を受けていることが分かった。この差がなぜ生まれるかについては、システムを詳しく検証する必要がある。しかし、Tatmanは教育データセットが男性にバイアスしているのではと推測する。音声サンプルは均等ではなく男性に偏っていることを意味する。AIの性能は教育データの品質に敏感に左右される。AIによる女性差別や人種差別が顕在化しているが、学習データが公正であることが問われている。

AIが乳がんを判定する

AIの中心技法であるDeep Learningは乳がん検査の判定で成果を上げている。検体のイメージをDeep Learningのネットワークに入力すると、AIはがんを発症する組織を高精度に検出する。今ではAIの検知精度が人間を上回り、多くの病院でこのシステムの採用が始まった。同時に、健康に見える組織がAIによりがん発症の可能性が高いと判定されたとき、医師と被験者はどう対応すべきかが議論になっている。AIの判定を信頼し、手術を行うかどうかの判断を迫られる。

AIはその理由を説明できない

遺伝子検査でも同様な問題が議論されている。乳がん発症を促進する遺伝子変異「BRCA」が検出されたとき、手術に踏み切るかどうかが問題となる。女優Angelina Jolieは「BRCA1」キャリアで手術を受けたことを公表した。しかし、AI検診のケースはこれとは異なる。AIは統計的手法で乳がんと判断するが、その組織が何故がんを発症するのかは説明できない。AIは時に人工無能と揶揄されるが、科学的根拠のない判定をどう解釈すべきか医学的な検証が始まっている。

銀行は与信審査でAIを使う

銀行やフィンテックベンチャーはローン審査でDeep Learningを使い始めた。ローン応募者のデータをアルゴリズムに入力すると瞬時にリスクを査定できる。高精度に短時間でローン審査ができることから、この手法が注目を集めている。一方、米国では州政府の多くは銀行にローン申し込みで不合格になった人にその理由を説明をすることを義務付けている。

応募者に十分な説明ができない

しかし、Deep Learningはブラックボックスで、銀行は応募者に十分な説明ができない。更に、ローン審査の基準を変えるときは、学習データを使ってアルゴリズムを再教育することとなる。ソフトウェアのロジックを変更するようにはいかず、大量のデータを読み込んでDeep Learningのパラメータを再設定する。金融業界でAIを導入することの是非が議論されている。

出典: Mahmood Sharif et al.

AIは眼鏡で騙される

Carnegie Mellon UniversityのMahmood Sharifらは、眼鏡で顔認証システムが誤作動することを突き止めた。これは「Accessorize to a Crime: Real and Stealthy Attacks on State-of-the-Art Face Recognition」として公開された。フレームの幅が少し広い眼鏡 (上の写真(a)の列) をかけると、システムはこれらの写真を顔として認識できない。つまり、街中に設置されている防犯カメラの監視システムをかいくぐることができる。

眼鏡で別人に成りすます

また、フレームのプリントパターンを変えると、顔認識システムは別の人物と間違って認識する。上の写真(b)から(d)の列がその事例で、上段の人物が眼鏡をかけることで、顔認識システムは下段の人物と誤認識する。(b)のケースでは、上段の男性が眼鏡をかけるとシステムは米国の女優Milla Jovovichと誤認した。顔認識システムはDeep Learningの手法で顔の特徴を把握するが、この事例から、目元のイメージが判定で使われていると推定できる。しかし、AIが実際にどういうロジックで顔認証をしているかは謎のままである。これが解明されない限り、顔認証システムを不正にすり抜ける犯罪を防ぐことはできない。

ニューラルネットワークと脳の類似性

AIの基礎をなすNeural Network (下の写真) でイメージを判定する時は、写真とそのタグ (名前などの種別) をネットワークに入力し、出力が正しく種別を判定できるよう教育する。教育過程ではネットワーク各層 (下の写真、縦方向の円の並び) 間の接続強度 (Weight) を調整する。この教育過程は脳が学習するとき、ニューロンの接続強度を調整する動きに似ているといわれる。

出典: Neural Networks and Deep Learning

ネットワークの中に分散して情報を格納

学習で得た接続強度は各ニューロン (上の写真の白丸の分部) に格納される。つまり、Neural Networkが学習するメカニズムの特徴はネットワークの中に分散して学習データを格納することにある。プログラムのようにデータを一か所に纏めて格納する訳ではない。人間の脳も同じメカニズムである。脳が電話番号を覚えるときには、最初の番号は多数のシナプスの中に散在して格納される。二番目の番号も同様に散在して格納されるが、一番目の番号と近い位置に格納されるといわれる。人間の脳を模したNeural Networkはデータ格納でも同じ方式となる。

知識がネットワークに焼き付いている

問題はこの格納メカニズムが解明されていないことにある。脳の構造を模したNeural Networkも同様に、情報が格納されるメカニズムの解明が進んでいない。Deep Learningの問題点を凝縮すると、知識がネットワークに焼き付いていることに起因する。ニューロンの数は数千万個に及び、ここに知識が散在して格納されている。知識はシステムを開発した人間ではなく、ネットワークが習得することが問題の本質となる。

自動運転車のアルゴリズム

Carnegie Mellon Universityは1990年代から自動運転技術の基礎研究を進めていた (下の写真はその当時の自動運転車)。当時、研究員であったDean Pomerleauは、カメラで捉えた映像で自動運転アルゴリズムを教育した。走行試験では、数分間アルゴリズムを教育し、その後でクルマを自動走行させる試験を繰り返した。試験はうまく進んだが、橋に近づいたときクルマは道路からそれる動きをした。しかし、アルゴリズムはブラックボックスでPomerleauはその原因が分からなかった。

出典: Dean Pomerleau et al.

試験を繰り返し問題点を特定

ソフトウェアをデバッグする要領でロジックを修正することができない。このためPomerleauは路上試験を繰り返すことで問題点を解明した。様々な状況で自動運転を繰り返し、経験的に問題点を突き止めた。それによると、クルマは路肩の外側に生えている草の部分を基準にして走行路を判定していることが分かった。橋に近づくと草の部分がなくなり、クルマは判断基準を失い、正常に走行できなくなる。自動運転技術をAIで実装するとクルマが正しく動くのか確信が持てなくなる。

大規模な走行試験で安全性確認

現在でも同じ問題を抱えている。自動運転車は無人で公道を走ることになるが、我々はAI技術を信用していいのかが問われている。AIの運転ロジックが分からない中、どう安全基準を作ればいいのか試行錯誤が続いている。その一つに、定められた距離を無事故で走行できれば安全とみなすという考え方がある。シンクタンクRand Corpによると、人間がクルマを1億マイル運転すると死亡事故は1.09回発生する。自動運転車が人間と同じくらい安全であることを証明するためには2.75億マイルを無事故で走る必要がある。人間レベルの安全性を証明するためには大規模な走行試験が必要となる。自動運転車の安全基準を設定する作業は難航している。

Deep Learningを使った運転技術

この問題を技術的に解明しようとする動きも始まった。NvidiaはDeep Learningを使った運転技術を開発している。自動運転システムは「DAVE-2」と呼ばれ、Neural Networkで構成される。人間がアルゴリズムに走行ルールを教えるのではなく、システムはNeural Networkで画像を処理し安全な経路を把握する。システムはカーブしている道路のイメージを読むと、そこから運転に必要な道路の特徴を把握する。

AIがルールを学習する

NvidiaはAIがどういう基準で意思決定しているのかの研究を進めている。今までブラックボックスであったAIの中身を解明する試みだ。下の写真が研究成果の一端で、AIが道路をどう理解しているかを示している。上段はカメラが捉えた画像で、下段はCNN (画像認識するNeural Network) がこれを読み込み、そこから道路の特徴を示している。特徴量は曲線が殆どで、CNNは道路の境界部分を目安に運転していることが分かる。この画面からAIが習得したドライブテクニックを人間がビジュアルに理解できる。

出典: Nvidia

2017年はAIロジックの解明が進む年

自動運転車を含む自立系システムはDeep Reinforcement Learning (深層強化学習) という手法を使い、アルゴリズムが試行錯誤を繰り返してポリシーを学習する。この技法は囲碁チャンピオンを破ったGoogle AlphaGoでも使われている。Deep Reinforcement Learningの中身もブラックボックスで、これからこの解明も進むことになる。AIは目覚ましい成果を上げ世界を変え続けるが、2017年はAIのブラックボックスを開けそのロジックの解明が進む年となる。

AIが人に感動を与える、心に響く広告メッセージはアルゴリズムが生成する

Thursday, July 28th, 2016

AIが生成する文章は機械的で、意味は分かるがそれ以上のものではない。いま、AIは単に文章を書くだけではなく、人の心に響くメッセージを創ることができるようになった。人間のコピーライターの想像力を上回るとの意見も聞かれる。この技術を広告に応用すると、商品の売り上げが伸びる。医療機関はAIが生成するメッセージで効果的な治療法を研究している。男性が女性をデートに誘うときのメッセージの書き方をAIが指南する。米国大統領選挙では、有権者を駆り立てるメッセージをAIで生成しているに違いない。

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アルゴリズムで人の心に響くコンテンツを生成

この技術を開発しているのはNew Yorkに拠点を置くPersadoというベンチャー企業だ。機械学習や自然言語処理の技術を使って、消費者に行動を促すメッセージを生成する。このシステムは「Cognitive Content Platform」と呼ばれ、アルゴリズムが人の心に響くコンテンツを生成する。ウェブサイトやメールなどのキャンペーンメッセージを生成する時に利用する。既に多くの企業で使われ、人間が生成したメッセージに比べPersadoで生成すると、コンバージョン率 (商品を購入する率) が平均で49.5%向上したとの統計データがある。Persadoは人間以上に魅力的なメッセージを創作する。

旅行会社のキャンペーンメッセージ

Persadoはこの機能を「Persado Enterprise」と「Persado Go」として商品化している。Persado Enterpriseはフルスペックのプラットフォームで、Persado Goはその簡易版となる。Persadoを使って電子メール、ウェブページ、Facebook記事、広告メッセージを生成する。例えば、旅行会社がキャンペーンメッセージを生成すると次のようになる。旅行会社のウェブサイトで「期間限定の格安フライト、予約は今だ」との見出しをよく目にする。これに対しPersadoがタイトルを生成すると、「自分のご褒美に最高の旅行を、さあ出発しよう」となる。後者のほうが親しみを抱かせる表現と思えるが、Persadoは統計手法に沿ってメッセージを生成している。Persadoは膨大な数の事例から学習し、コンバージョン率が上がる文字列を生成する。

データベースと機械学習

この背後にはマーケティングメッセージに関する大規模なデータベース (先頭の写真) や機械学習で強化されたアルゴリズムがある。Persadoはマーケッティングで使われる言葉やフレーズを解析し、これらの重みや関係を定義する。言葉は三つのカテゴリーに分類される。「Descriptive」は記述言語を意味し、製品の説明文章がこのカテゴリーになる。「Emotional」は消費者の感情に訴える言語を意味する。「Functional」はボタンを押すなどナビゲーションに関する記述を表す。

過去のキャンペーンで使われたメッセージサンプルを収集し、それらをPersadoで編集し、繰り返しその効果を検証した。つまり、Persadoで生成したメッセージの効果を測定し、機械学習の手法でその機能を上げていく。その結果、感情に訴えるメッセージが消費者からのレスポンスを大きく向上させることが分かった。上述のEmotionalに区分される言葉を有効に組み合わせる手法で人の心を揺さぶるメッセージを生成する。

感情に訴える言葉とは

Emotionalに区分される言葉はEmotional Languageと呼ばれツリー構造で分類される。大きくはPositiveとNegativeに分類され、その下に小分類が続く。Positiveの下には、「Joy」、「Achievement」、 「Encourage」などがある。この分類は「Ontology of Emotion」と呼ばれ、語彙の意味と他の語彙との関係を示し25万語から構成される。Persadoは定義されたEmotional   Languageを使ってコンテンツを生成する。言葉のパズルを解くように言葉を組み合わせてメッセージを生成する。下のグラフはEmotional Languageの解析結果で、ポジティブな言葉でも、その効果は大きく異なる。「Exclusivity」は大きくプラスに作用するが、「Excitement」は反対に大きくマイナスに作用する。Persadoは膨大な数のベンチャーマークを通し、解析結果を把握し、文字列を最適化していく。

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クリック率とコンバージョン率が大きく増える

Persadoの効果は多くのキャンペーンで実証されている。下の写真はAmerican Expressのバナー広告の事例で、上段が一般的に利用されるコンテンツで、下段はそれをPersadoを使って改良したもの。Persadoがキャッチコピーを創ると、消費者のクリック率はほぼ三倍に増えた。そして、コンバージョン率はほぼ2.5倍となった。一見すると両者の間に大きな違いはないが、ベンチマークではこのように大きく差がついた。「Ends Soon」という言葉が危機感をあおり、消費者に購買を促すように思えるが、Persadoはその理由までは解明できないとしている。ここが現在のAIの力の限界でもある。

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病院と患者が効果的にコミュニケーションする手法

Persadoは広告キャンペーンだけでなく、幅広い分野で新しい使い方を開発している。その一つがデジタル・ヘルスケアーで、病院と患者が効果的にコミュニケーションする手法を開発している。オバマケアーが目指しているように、医療機関は患者を治療するだけでなく、疾患に関し標準的な治療プロセスを確立し、治療効果を上げ、コストを下げる方向に進んでいる。

この手法は「Clinical Pathway」と呼ばれ、糖尿病や高血圧患者の治療でトライアルが始まっている。医師は患者に治療のための指導をするが、いかに患者を納得させるかでPersadoの技術を活用する。患者がオンラインサイトで食事の指導を受けるときに活用する。どのような言葉の並びが患者を説得し、実際の行動につながるかの研究をしている。

例えば、患者に薬を飲むことを促すメッセージとして「4時半になりました、処方した薬を飲みましょう」が一般的である。これに対してPersadoは、「チャールズさん薬を飲んでください。家族はあなたを必要としています。」というメッセージを生成する。患者を恣意的に誘導するのではなく、健康な生活を促すためにはどう記述すべきかの研究が続いている。

ウェアラブルに表示するメッセージ

医療に関連する分野にQuantified Selfがある。これは消費者がウエアラブルなどで身体のデータを収集し、それを健康な生活を送るために活用しようとする動きである。Persadoを健康な生活を送るために利用する。Apple Watchなどのウエアラブルに健康管理のメッセージが表示されるが、消費者の多くはこれを好意的に受け止めていない。ディスプレイに「立ち上がる時間です」とメッセージが表示されるが、それに従って行動を起こす人は多くはない。これに対し、Persadoは利用者のモティベーションを高めるメッセージはどうあるべきかを研究している。

消費者に支払いを督促する方法

金融機関もPersadoに関心を寄せている。日々のトランザクションに関するメッセージをPersadoで生成する。衛星ラジオSirius XMは、利用者に料金を遅延なく支払うことを伝えるメッセージを開発している。料金の支払いが遅れると、電気会社からは「電気を止める」と脅かされ、これを快く思っていない消費者も少なくない。カード会社からは「忙しいのは理解できる」と同情され、少しは気分が楽になる。消費者に支払いを督促するにはどんな文字列が最適なのか、PersadoはAmerican Expressと開発を進めている。

男性が女性を誘うときのメッセージ

米国では交際相手を見つけるためデートアプリが幅広く使われている。日本の出会い系サイトのように危険なアプリもあるが、その多くは相手を探すための重要なツールとして社会生活に定着している。Tinderのように若者に爆発的に広まったアプリもある。Persadoはデートアプリの機能として、男性が女性を誘うときのメッセージをアドバイスする。女性に対して、「今夜出かけませんか?」というのはダメで、「今日は出かけるには素晴らしい日ですね?」と言うように指南する。どれだけ効果があるのかベンチマーク結果は公表されていないが、Persadoの新しい活用モデルとして期待が集まっている。

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大統領選挙で有権者の心を掴む

選挙で有権者に配信するメッセージの生成でPersadoが使われる。選挙戦はSNSやメールやメッセージングなど、デジタルの戦いになっている。有権者に集会などキャンペーン活動に参加を促すためにPersadoが使われる。また、ボランティア活動への参加者を募るためにも利用される。Persadoはどのような言葉の配列が効果を上げるのか、その結果を検証している。米国では両党から大統領候補が出そろい、本格的な選挙戦が始まった。それぞれの陣営が有権者に配信するメッセージをAIで作成している可能性は否定できない。(上の写真:民主党全国大会はHillary Clintonを大統領候補に指名して本日幕を閉じた。)

AIがコピーライターの職を奪う

米国市場の大きな流れは、テキストをマニュアルで作成する方式から、アルゴリズムで生成する方式に変わってきたこと。更に、Persadoのように、アルゴリズムがコピーライターより効果的なメッセージを生成するようになったこと。市場では再び、AIがコピーライターの職を奪うとの危機感が広がっている。一方、Persadoはあくまで人間の創作活動を支援するツールに過ぎないという意見もある。人間が書いた文章をPersadoがブラッシュアップする。我々がスペルチェッカーを使うように、これからはワードプロセッサーで書いた文章をPersadoが添削する。どちらももっともな意見であるが、AIは着実に我々の仕事に迫っているように感じる。

言葉をエンジニアリングする企業

Persadoの手法は、Behavioral MarketingなのかPsychologyなのか議論が続いている。前者は消費者の挙動に応じた広告手法を意味する。いわゆるターゲッティング広告でゴルフのニュースを見ると、ゴルフ製品の広告が表示されるという方式である。後者は心理学で、消費者の心情を理解して広告を配信する手法を指す。メッセージを受信した消費者はどう感じているのかについてはPersadoは把握していない。ただ、Persadoは消費者が特定のメッセージを受信すると、それにどう反応するかを経験的に掴んでいる。Persadoは両者の境界領域にある会社として位置づけられる。また、Persadoは言葉をエンジニアリングする企業とも定義できる。

日本のおサイフケータイを超えるか、Googleの顔パス決済サービスは快適!

Friday, March 4th, 2016

Googleは”顔パス”で買い物ができる決済方式「Hands Free」の試験運用を開始した (下の写真)。早速使ってみたが、ポケットにスマートフォンを入れたまま支払いができ、Hands Freeは圧倒的に便利だ。スマートフォンをリーダーにかざす時代は終わりを迎えるのか、Googleが決済ビジネスでひそかに挽回を窺っている。

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Googleで払います

ハンバーガーレストランMcDonald’sでランチを買った際に、Hands Freeを試してみた (下の写真)。使い方は極めて簡単で、レジで注文を終え支払いをする時に、店員さんに「Googleで払います」と言うと会計処理が始まる。ポケットからスマートフォンを取り出す必要はない。店員さんは「イニシャルは?」と聞くので、「KM」と自分のイニシャルを答える。店員さんはPOS画面に表示される筆者の写真と本人を見比べて認証が完了する。これでトランザクションが完了し、レシートはアプリで受信した。初めて使ってみたが、あっけなく簡単に処理が進んだ。

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ドライブスルーで利用できる

スマートフォンをポケットに入れたまま、イニシャルを告げるだけで、支払処理が完了するのは極めて便利と感じた。トランザクションが完了した時点で、スマートフォンがぶるっと震えて知らせてくれた。

Hands Freeはドライブスルーでも利用できる。運転席に座った状態で財布を取り出し、窓から手を伸ばしクレジットカードを提示するのは苦痛でもある。Hands Freeを使えば言葉だけで支払いができるので、窮屈な思いをしなくて済む。Googleは、母親が子供の手を引きながら、顔パスで支払いができる利便性をアピールしている。

Hands Freeのセットアップ

Hands Freeを使う前に簡単なセットアップが必要となる。アプリをダウンロードした後、名前とイニシャルを入力し (下の写真左側)、顔写真を登録する。上述の通り、レジでイニシャルを聞かれるので、これを回答する。また、登録した写真はPOS端末に表示され、本人確認で使われる。

Hands Freeは試験運用が始まったところで、使える店舗は多くはない。アプリで事前にHands Freeを使える店舗を確認しておく。McDonald’sの他に、メキシコレストラン「Una Mas」やピザレストラン「Papa John’s Pizza」などで利用できる (下の写真右側)。

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動作概要と将来構想

Hands Freeは顧客の位置情報をもとに決済トランザクションを開始する。システムはBluetooth Low EnergyやWiFi経由でスマートフォンと交信し位置を決定する。レジ近辺にいる顧客の情報がPOS端末に表示され、店員さんがイニシャルと写真で対面している顧客を特定する仕組みとなる。

将来は店舗内に設置されたビデオカメラで認証プロセスを自動化する。撮影された顧客の顔と登録された写真を比較し、システムがバイオメトリックな認証をする。具体的な説明はないが、人工知能の画像解析技術を使い、システムが高精度で本人確認をするものと思われる。すでに、ニューラルネットを使った画像判定はヒトの能力を超えている。

Square Walletが顔パスを始めた

モバイル決済技術の最先端を走る「Square」は類似のアプリを提供してきた。これは「Square Wallet」と呼ばれiPhoneにインストールして利用する。Square Walletを使うと顔パスで支払いができる (下の写真)。支払いするときにこのアプリを立ち上げ、店舗を選択し、緑色のボタンを右にスライドして利用する (下の写真左側)。Square Walletはこれをトリガーに店舗内のPOS端末「Square Register」と交信し、クレジットカードを出さないで支払いができる。支払いが完了すると、レシートはアプリに送られる (下の写真右側)。

Square Walletはシリコンバレーの殆どのコーヒーショップで利用できた。大変便利なアプリで、コーヒーを飲むときは必ず利用していた。しかし、米国消費者の反応は異なり、Square Walletに興味を示さなかった。iPhoneを取り出し、アプリを立ち上げ、ボタンをスライドするより、財布からクレジットカードを取り出すほうが便利であると判断した。このため、Square Walletは2014年、このサービスを中止した。愛用していたアプリが使えなくなり残念に思っていた。

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手ぶらで支払いできる快適さ

ここにGoogleからHands Freeが登場し、Square Walletの代替になると期待し、リリースと同時に使ってみた。Square WalletとHands Freeはよく似ていると思っていたが、使ってみると両者は決定的に異なることが分かった。それはスマートフォンの扱いで、Hands Freeはスマートフォンを取り出す必要はなく、操作性が圧倒的に向上した。ただこれだけの違いであるが、手ぶらで支払いできる快適さは思っていた以上に大きい。Square Walletに興味を示さなかった客層がHands Freeをどう評価するのか、今後の動向をウォッチしていきたい。

Hands Freeは近未来の決済方法

日本で生活に溶け込んでいるおサイフケータイであるが、米国ではApple Payが口火を切り、幅広く普及が始まった。Apple Payで決済する際は、デバイスをリーダーにかざす操作が必要になる。スマートフォンをポケットから取り出す操作が必要となる。Apple Watchでこれを利用する際は、時計をデバイスにかざすだけで済み、利便性が大きく向上した。これで十分便利だと思っていたが、Hands Freeを使ってみると、時計をリーダーにかざす操作も苦痛になる。モバイル決済技術はおサイフケータイが完了形ではなく、どんどん進化していくのを肌で感じる。

ヘッジファンドがAIトレーディングへ動く、FinTechの主戦場は人工知能

Friday, January 29th, 2016

ヘッジファンドが人工知能を使った株式売買 (AIトレーディング) の本番運用を始めた。現在でも株取引に人工知能が使われるが、その成績は人間のトレーダーにかなわない。しかし、ヘッジファンドはAIベンチャーと共同で、数多くの仮想トレーダーが人間に代わり投資判断をするシステムを開発した。

ヘッジファンドの動向

この分野では取引手法が公開されることは稀であるが、投資銀行大手「JPMorgan Chase」のヘッジファンド部門が、AIトレーディングを導入したといわれている。ヘッジファンドは資産運用を目的とするが、富裕層や機関投資家から資金を募り、アグレッシブな手法で投資する。投資信託などと比較して、法規制の制約が小さく、投資判断で裁量の幅が広い。ヘッジファンドはリスクを取り、大きなリターンを目指す。このため、他社に先行して先端技術を取り入れる傾向にある。

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ヘッジファンドの投資手法

ヘッジファンドは二つの投資手法を使う。一つは「Discretionary Trading」と呼ばれ、ファンドマネジャーが自身のスキルで投資判断を下す。もう一つは「Systematic Trading」と呼ばれ、ファンド運用でコンピューターモデルを使う。Systematic Tradingは投資判断をアルゴリズムやシステムで実行する。大規模な統計モデルを構築し、市場の動きを予測する。具体的には、どの資産が値上がりするか、また、値下がりするかを予測し、これに応じて売買を判断する。

両者は際立った特徴がある。Discretionary Tradingはファンドマネジャーが適切に運用するとリターンが大きい。Systematic Tradingは、人間の感情が入り込まないため、安定した投資手法であが、その代わりリターンも大きくない。上のグラフがそれを示しており、2014年はSystematic TradingがDiscretionary Tradingのリターンを上回ったが、それ以外のケースではすべて下回っている。現在のアルゴリズムでは人間のトレーダーに勝てないことを示している。

世界最大規模の人工知能

しかしこの情勢が変わりつつある。Sentientはサンフランシスコに拠点を置くベンチャー企業で、大規模並列システムで人工知能ソフトウェアを稼働させる技術を開発した。同社は、Googleをしのぐ、世界最大規模の人工知能システムと主張する。Sentientは数十万台のコンピューターを連結し、仮想的に一台の巨大システムを構成する。これらのコンピューターは、データセンター、ゲームセンター、サービスプロバイダーの空き時間を利用する。Sentientはコンピューターを連結することで、最大100万コアを稼働させることができる。この並列システムはAdam Bebergにより開発された。Bebergは並列プロジェクト「Distributed.net」の創設者で、この技術は後に、地球外生命体探査研究「Seti@Home」で利用された。

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人工知能アルゴリズムの進化

Sentientのもう一つの特徴は人工知能アルゴリズムにある。これは「Evolutional Computation (EC)」と呼ばれる機械学習で、アルゴリズムは植物が進化するように、世代を重ねるごとに進化を遂げる。ECは、最初のステップで、数多くのアルゴリズム (これを「Agent」と呼ぶ) を生成する (上の写真左側)。Agentは与えられた問題に対する解法であるが、それぞれ少しだけアルゴリズムが異なる。次のステップでは、システムは教育データを使ってAgentを評価する (上の写真中央)。実際にデータを読み込ませ、その解を検証する。この中で成績のいいAgentが選ばれ、次のステップに進む。ここでは一握りのAgentだけが残り、ほとんどが消えることになる。

次のステップでは、選ばれたAgentをベースに次世代のAgentが生成される (上の写真右側)。この世代は、初代Agentの”遺伝子”を受け継ぎ、それを改良していく。このステップが100万回以上繰り返され、生物が進化するように、Agentも改良されていく。システムは問題解決に向け収斂していき、この進化のプロセスを大規模並列システムが支えることになる。

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アルゴリズムの進化を株取引に応用

この技法に着目したのが前述のJP Morgan Chaseだ。同社のヘッジファンド部門「Highbridge Capital Management」 (上の写真) は、SentientとAIトレーディングシステムを共同開発し、すでに2015年から運用している。システムは人間が関与することなく、自律的に稼働する。システムは投資戦略を立て、人間のトレーダーに投資の指示を出す。具体的には、銘柄を指定し、買いの指示を出す。その際に、購買条件や購買方法についても指定する。売りについても同様で、特定銘柄を示し、また、ポジションを下げるなどの指示を出す。

Sentientは株式投資で数多くの「仮想トレーダー」を生成する。この仮想トレーダーが上述のAgentにあたり、進化を繰り返し、成績を上げていく。具体的には、仮想トレーダーに過去の株式取引データを読み込ませ、その性能を測定する。成績のいい仮想トレーダーを選別し、そのアルゴリズムをもとに、次世代の仮想トレーダーを生成する。このプロセスを数千回繰り返す。このプロセスでは、仮想トレーダーは10の24乗 (1兆 x 1兆) 個以上生成される。最終的には、進化した仮想トレーダーが自律的に取引できるレベルとなる。このシステムがJP Morgan Chaseで運用されているが、運用成績などは公表されてなく、実態は闇に包まれている。

Deep Learningアルゴリズム

AIトレーディングの代表的な手法はDeep Learningを使ったアルゴリズムである。Deep Learningは写真や文章から特定のパターンを検出する能力が突出している。ツイートから株価に影響する特定の事象を検出し、それをもとに、投資判断を実行するシステムが開発されている。しかし、Deep Learningのアルゴリズムはコモディティーになり、多くの投資家がこの手法を採用し、差別化が難しくなってきたともいわれる。

これに対してSentientは、Deep Learningのパラメーターを最適化するだけでなく、ネットワーク・アーキテクチャー自体をも最適化することを目指している。この手法にも前述のEvolutional Computationを応用する。この手法は一般に「Neuroevolution」と呼ばれ、機械学習の一手法で、ニューラルネットワークを進化させる。生物が生成、変異、選択を繰り返し進化するように、アーキテクチャーも問題に対して進化する。この手法はまだ開発中で、その成果が注目されている。

常に進化が求められる

一方、AIトレーディングを株式市場に適用することに疑問を表明する人も少なくない。Neuroevolutionなどの手法を使い大きなリターンを得ることができても、他社がそのアイディアを模倣する危険性があるためだ。ヘッジファンドの多くが同じ手法を導入すると、利益を生みにくい構造となる。ちょうどHigh Frequency Trading (超高速取引) が幅広く普及し、一般的な手法では利益を生みにくい状況と似ている。株式売買では人工知能を含むコンピューター技術で不断の進化が求められる。

Goldman SachsがFintechへ逆襲、これからの銀行はハイテク企業!

Friday, August 14th, 2015

米国で銀行がFintech (ITベースの金融サービス) ベンチャーに侵食されている。銀行側は事態を静観している訳ではなく、名門投資銀行Goldman Sachsは逆襲に転じた。同行はFacebookよりハイテクな会社と言われ、銀行の体質を大きく変えている。更に、Uberなど新興企業に幅広く投資し、ベンチャーの手法を学んでいる。米国経済の中枢を支えるGoldman Sachsが次世代の銀行の姿を示す。

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株主総会をサンフランシスコで開催

Goldman Sachsは、2015年5月、株主総会を本社のあるニューヨークからサンフランシスコに場所を変えて開催し、地元で話題となった。今回が二度目のケースで、会長兼CEOのLloyd Blankfeinは、「銀行にとって一番重要な場所はシリコンバレー」と、その理由を説明した。「役員をこの地に連れてきて、何が起こっているかを身をもって体験させる」とし、経営陣のマインドセットをテクノロジーに転換する狙いを示した。技術系企業だけでなく銀行にとっても、シリコンバレーで生まれる技術やカルチャーが大きな意味を持つことを示している。上の写真は、株主総会を開催したビルで、Goldman Sachsがオフィスを構えている。ここはBank of Americaの旧本社ビルで、今でも「Bank of America Center」と呼ばれている。(現在はノースカロライナ州に移転。) 多くの銀行がオフィスを構え、この地区は「Financial District」と呼ばれ、サンフランシスコの金融街を形成している。

テクノロジー企業でないと生き延びれない

Blankfeinは「Goldman Sachsはハイテク企業」と公言している。同行は投資銀行であるが、そのコア・コンピテンシーはテクノロジーであることを意味する。事実、同行の社員数は35,000人で、そのうち9,000人がエンジニアだ。Facebookの社員数が1万人で、Goldman Sachsはそれに匹敵する技術力を持つ。この発言は、銀行はテクノロジー企業でないと生き延びれないという意味で、Goldman Sachsのロードマップを示している。

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ベンチャー企業を社内に招く

それでは9,000人のエンジニアがディスラプティブな技術を開発したのかという質問に対しては、Blankfeinの言葉は歯切れが悪い。各部門で技術開発が急ピッチで進められているが、まだ目に見える成果はない。しかし、Goldman Sachsが転身していることを示す興味深い事例がある。同行はFintech企業を社内に招聘し、共同開発という形式で、ベンチャー企業の手法やスピリットを学習した。

具体的には、人工知能ベンチャー「Kensho」をGoldman Sachsに招き、共同開発を実施。Kenshoはデータ解析ソフトウェアを開発しており、株取引の自動化システムへの統合を目指している。Kenshoは株式市場、気象、選挙、戦争、自然災害など、ビッグデータを解析し、株式売買の判断をサポートする。トレーダーはKenshoの解析データを参照に取引する。

このためKenshoは、実際の株取引で発生するデータを読み込んで試験する必要がある。Goldman Sachsは、Kenshoに同行のシステムにアクセスすることを認め、開発を全面的にサポートした。法令の規定により、顧客データや機密データにはアクセスできなかったが、Kenshoはトレーディングシステムに統合するための貴重な情報を得た。

Kenshoの開発が完了すると、Goldman Sachsがこのシステムの顧客となるというストーリーも描かれた。Kenshoにとっては事業展開の絶好の機会となる。一方、Goldman Sachsとしては、ベンチャー企業を社内に招くことで、技術開発の手法や、開発者たちの考え方を学習した。Goldman Sachsのエンジニアにとって、Kenshoが変革への起爆剤となった。上の写真はGoldman Sachsのオフィス内で、両社エンジニアがパーカーを着て記念撮影をした模様。厳格な社風が変わりつつあることをパーカーが象徴している。

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Fintechベンチャーへの投資

Goldman Sachsのもう一つの戦略は、Fintechベンチャーへの積極的な投資である。上述のKenshoには4780万ドル投資し、会社経営を支えている。Google Venturesなど大手ベンチャーキャピタルも出資しているが、Goldman Sachsが実質的な親会社となっている。Goldman Sachsは、Kenshoの他に、人工知能ベンチャーに集中的に投資している。具体的には、「Antuit」、「Context Relevant」、「DataFox」など、ビッグデータ解析技術に焦点を絞っている。また、決済技術ベンチャー「Square」や「BillTrust」などへの投資を進めている。上の写真はSquareの最新リーダー「Square Contactless +Chip Reader」で、NFC機構を備えApple Payに対応している。

投資の目的はベンチャーの手法を学習すること

Goldman Sachsの投資先をみていくと、Fintechを超える大きな構想が浮き上がる。Goldman Sachsは、2009年から積極的に投資を始め、累計132ラウンドに参加。ここ2年半は投資のペースが上がり、77ラウンドに参加。ここにはUber、Dropbox、Pinterest、Spotify、Squareなど、時価総額が10億ドルを超える企業が含まれている。これらはSquareを除き金融サービスとは無関係で、運輸、クラウド、ソーシャルメディア、音楽分野の企業となる。これら業界でもディスラプティブな技術が登場し、従来型企業の存続が危ぶまれている。

Goldman Sachsがこれら分野に投資する目的は、リターンを得ることではなく、先端技術と関わることを目的としている。具体的には、これら市場で生まれる新技術を学び、既存産業を破壊するビジネスモデルを理解することにある。米国経済を支えるGoldman Sachsとしては、クライアント企業をリードしていくためにも、産業を破壊する技術を第一線で把握するという使命を担っている。

Fintechをどう評価する

Goldman SachsはFintechをどのように評価しているのか、興味深い発言がある。同行Global Investment Research責任者Heath Terryが、Fintechに関する見解を公表した。因みに、Goldman Sachsは、Fintechという用語は一切使用しないで、多くの場合「Shadow Banking」と表現する。本来、Shadow Bankingとは規正法の対象となっていない金融機関を示す用語として使われる。Goldman Sachsは、Shadow Bankingとして表現することで、Fintechが”未公認”金融機関であることを強調する狙いがある。このレポートでは用語を統一し、Fintechと記載している。

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Fintechが誕生した背景

米国でFintechが登場したのは、リーマンショック (Financial Crisis、世界金融危機) が引き金となった。これ以降、米国政府の規制が強化され、銀行の活動が大幅に制限されてきた。更に、銀行の社会的な信用度が低下し、ここにぽっかりと大きな空白地帯が生まれ、Fintechベンチャーが登場した。

Facebookの株式公開もその要因として挙げている。ソーシャルネットワークが巨大ビジネスになることに刺激され、ベンチャーキャピタルは次のFacebookを探した。そこで狙いをつけたのが金融産業で、多くの金融新興企業に資金を投入した。この結果、Fintechベンチャーが数多く登場し、次のGoogleやFacebookを目指し、革新的な技術を開発している。Fintech分野への投資金額は、2014年度が122億ドルで、前年から3倍以上に拡大した (上の写真)。このうち米国市場は99億ドル (棒グラフのオレンジ色の部分) と、Fintechが米国に集中していることも分かる。

銀行がFintechに苦戦する理由

銀行がFintechに苦戦する理由についても述べている。銀行は米国政府の法規制が重い足かせになっている。金融危機以降、規制が大幅に強化され、銀行はより厳格な資本の定義が求められ、融資のために十分な資金を有しておくことが義務付けられた (「Basel III」という法令などの規定による)。同時に、Fintechの優位性はテクノロジーであることも認めている。特に大規模データ (ビッグデータ) とアルゴリズム (人工知能) に着目しており、Fintechは潜在顧客を特定する技術や特定領域での予測モデル (ローン審査など)で優れている。更に、Fintechは店舗を持たず、顧客獲得のコストを低く抑えられるなどの特長がある。規制法とテクノロジーで銀行が苦戦していることが分かる。

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銀行が脅威に感じるFintechベンチャー

更に、Goldman Sachsが注目しているFintechベンチャーについて述べている。企業名は出さなかったが、脅威に感じる技術を公表した。一つは「Socialization」で、金融サービスの普遍化を意味する。富裕層だけでなく、一般消費者も自由に資産管理などを利用できるようになった。もう一つの意味はソーシャルネットで、金融情報を消費者が共有する。これはピアツーピア送金「Venmo」を念頭に置いている。Venmoは手数料ゼロで送金できるだけでなく、若者世代はお金の貸し借りについても書き込み、広く世間に公開する。上の写真がその事例で、Venmoアプリには、お金の貸し借りの情報が氾濫している。このソーシャル機能が若者層を惹きつける。

二つ目は「Transparency」で、これは文字通り透明性を示す。これはピアツーピア融資「Lending Club」を念頭においている。債務者の状況やデフォルトに関する情報をオープンにし、出資者はリアルタイムで投資の状況を把握できる。商品がシンプルで、手数料構造が分かり易い点も評価される。Lending Clubのような透明性が消費者を惹きつける大きな要因となっている。Lending Clubのような企業の登場で、融資市場の収益1300億ドルのうち、10%をFintechが奪うといわれている。

ミレニアル世代について

Goldman Sachsはミレニアル世代 (1980年から2000年の間に生まれた世代) が重要な客層であるとの認識を持っている。ミレニアル世代後半は社会で成功してい人が多く、金融企業にとって大きな収入源となる。しかしミレニアル世代の63%はクレジットカードを持っていない。この理由は、クレジットカードを信用していないためで、ローンの金利 (22%程度) を不合理だと感じる。更に、クレジットカードでの送金手数料についても納得がいかない。上述のVenmoで送金すると、デビットカードは無料だが、クレジットカードだと2%の手数料がかかる。ミレニアル層はVenmoのようなFintechに慣れ、送金は無料のサービスだと思っている。クレジットカードで手数料を取られる仕組みが納得できない。Goldman Sachsは、これら新世代の顧客を如何に取り込むのか、その手腕が問われることとなる。

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先進的な金融機関の対応

Goldman Sachsだけでなく、先進的な金融機関はFintech対応戦略を着々と実施している。サンフランシスコに拠点を置く投資銀行「Charles Schwab」は、投資アプリ「Intelligent Portfolios」の提供を始めた (上の写真)。これはインテリジェントな投資サービスで、自分に合うポートフォリオを設定すると、その後はシステムが自動で売買する。更に、売買手数料は無料とPRしている。このアプリはFintechベンチャー「Wealthfront」にヒントを得て開発されたもので、消費者がどう反応するのか注目を集めている。

サンフランシスコに拠点を置く銀行「Wells Fargo」は金融サービスのアクセラレーター「Startup Accelerator」を立ち上げた。Wells Fargoがエンジェルとして新興企業に出資し、Fintechサービスの開発を後押しする。既に一期生が育ち、光彩認証システム「EyeVerify」など、六社からFintech技術が登場した。しかし、大多数の銀行はFintech対応が遅れているのが実情で、銀行の保守的な体質や巨大なシステムを変革することの難しさも窺える。

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Fintech最大の課題

続々と新技術を生み出しているFintechベンチャーだが、避けて通れない大きな課題がある。Goldman SachsがShadow Bankingと表現するように、Fintechベンチャーは法規制を受けないで事業を展開しているが、ついに米国政府は規制の第一歩を踏み出した。2015年7月、米国財務省は「Treasury Seeks Public Comments on Marketplace Lenders」と題したメモを発行 (上の写真)。これはFintechに対し一般からの意見を求めるもので、オンライン融資サービスを安全に運用し、産業の成長を支えることを目的とする。

同時に、Fintech規制について、検討を始めたということでもある。市場からは、Fintechというイノベーションの芽を摘むべきではないと、懸念の声が上がっている。一方、消費者からすると、Fintechの安全性を担保する構造は必要である。Fintechの経営が破たんし、出資した資金が戻ってこないのでは困る。Fintechの社会的な責任が重くなるにつれ、法規制なしで運用することは考えにくい。Fintechイノベーションを継続しつつ、規制は最小限に留めることが求められ、米国財務省の手腕に注目が集まっている。

米国の東西バランスが変わる

従来、大学を卒業した優秀な人材はニューヨークのウォールストリートに就職していたが、金融危機以降はこの流れが変わり、シリコンバレーのハイテク企業に就職している。新卒者だけでなく、GoogleのCFOであるRuth Poratはニューヨークの名門銀行「Morgan Stanley」から移ってきた。米国の優秀な人材は、ニューヨークからシリコンバレーに移り、西側の重要性が相対的に増している。これら優秀な人材がFintechを含むディスラプティブな技術の開発に従事している。Goldman Sachsがサンフランシスコで株主総会を開くように、シリコンバレーの役割が増し、破壊的技術の誕生が続きそうだ。