Archive for the ‘computer history’ Category

Google Glassを使うともうスマホには戻れない ~ ウインクして写真撮影し、買い物の支払いを行う

Friday, January 24th, 2014

Google Glass完全ガイド:イメージング編】

Google Glassをかけて生活すると、めっきりスマートフォンを使わなくなった。写真撮影に関しては完全にスマートフォンからGoogle Glassに乗り換えた。ポケットからiPhoneを取り出し、ボタンを押し、カメラ・アイコンをスライドする代わりに、見た瞬間にウインクするとGoogle Glassで写真が撮れる。ハンズフリーで右目でシャッターを切れる。写真だけに留まらず、ウインクしてデバイスを操作する「瞬きインターフェイス」となり、ヒトとマシンの関係が根底から変わろうとしている。

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(シリコンバレーのコンピュータ歴史博物館は歴史に名を残す機器を展示している。Street Viewのコーナーでは自動車に乗ってスクリーンを見ながら街並みを走る。)

シャッター・チャンスに遭遇するとウインクして写真撮影

Google Glassを使い始め、スマートフォンと比べ、写真撮影量が10倍になった。Google Glassで写真撮影を瞬時に行えるため、いいと思った光景をカメラに収めていくと、気が付くと大量に写真が溜まっていた。写真撮影には四つの方法がある。「ok glass, take a picture」と語りかけるか、「Take picture」カード (上の写真右上部分) にタッチするか、グラス・フレーム上部のボタンを押すか、右目をウインクすると撮影できる。使ってみて圧倒的に便利なのがウインクで、見た瞬間にシャッターを切れる。手に鞄を持って歩きながら、撮りたいシーンに遭遇すると、ウインクするだけでハンズフリーで撮影できる。Google Glassがオフ (待機状態) でも、ウインクするだけでいきなり撮影できる。スマートフォンではアプリを起動するまで手間がかかり、シャッター・チャンスを逃がすこともしばしばであった。

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写真撮影のコンセプトが根本から変わる

スマートフォンではディスプレイで対象イメージを確認してシャッターを切るが、Google Glassではファインダーは無く、おおよその目分量でシャッターを切る。Google Glassでは写真を撮るというよりは、印象に残った光景を記録する感覚に近い。カメラ・レンズはヒトが見ているイメージに近く、正面を向いて撮ると足もとまで写る。上の写真がその事例で、Google Glassを買って最初に撮影した写真で、弓矢の上部が途切れ、足元の花壇が写ってしまった。対象物を中心に入れるためには、頭を30度程度上に傾ける必要がある。また、ファインダーが無いので、画面を水平に保つためには、少し練習が必要である。またカメラの性能は初代iPhone程度で、画像の美しさや機能ではかなわない。愛用していたiPhoneカメラを使わなくなり寂しさを感じるが、利便性から写真撮影は完全にグラスに移行してしまった。

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(コンピュータ歴史博物館にはメガネ型コンピュータの展示があり、1968年、Ivan Sutherlandによりヘッドマウント・ディスプレイが開発された。)

ウインクしてもシャッターが下りないことがある

Google Glassで瞬時に写真撮影できる反面、ウインクしてもシャッターが下りないことがある。打率八割くらいで、ウインクの仕方が悪いのか、センサーが良くないのか不明であるが、検討が必要な部分である。Google Glass内側に赤外線カメラが内蔵され、両目の動きをセンシングし、ウインクを検知する。通常の瞬きより、大きく少し長めにウインクすると、その意味を認識しシャッターを下ろす仕組みである。シャッター・チャンスを逃さないためにも、ここしかないという写真を撮る際は、当面はボタンを押す方式と併用する必要がある。

プライバシー問題をどう解決するかが最大の課題

Google Glassでウインクし、ハンズフリーで写真撮影できる手軽さと、被写体のプライバシー問題は両刃の剣である。ウインクして写真を撮ると、いつ撮影したかが分からず、盗撮につながる危険性をはらんでいる。この問題にどう対処すべきか、Googleスタッフに尋ねてみたところ、「対面した相手に、写真撮影の方法を説明することに尽きる」とのアドバイスを受けた。相手に上述の写真撮影の方法を説明し、「ディスプレイが灯ると写真撮影した証拠で、反対に、ディスプレイがオフのときは写真撮影していない」ことをきちんと説明すべきとのことであった。製品についての理解を深めてもらうことが重要であると同時に、Google Glass利用者は今以上にマナーを守ることが求められる。

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ウインクは次世代のマンマシン・インターフェイス

Googleはウインクを写真撮影だけでなく、幅広く応用することを計画している。その一つが決済システムで、「タクシーを降りるとき、Google Glassでメーターを見てウインクすると支払でき」、また、「ウィンドウ・ショッピングで、気に入ったハイヒールがあれば、Google Glassでウインクすると支払いができ、自分のサイズの商品が家に届く」というものである。ウインクして支払いをするとは異様な光景に思えるが、Google Glassで世界を見ると、これは自然なインターフェイスである。Google Glassをかけて、レストランで食事をした後、支払いをする際に、同席の学生から「なぜGoogle Glassで支払いできないの?」と聞かれた。上の写真がその瞬間で、Google Glassで請求書のQRコードを読み込んで支払いできるようになれば便利である。Google Glassが両目の動きを把握できることで「瞬きインターフェイス」が生まれ、それを利用したユニークなアプリの登場が期待される。

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(Google Glassでビデオ撮影すると、ゆっくり走っているのに、再生するとF1レースのような迫力になる。)

Google Glassがアクション・カメラに

Google Glassはアクション・カメラとなり、利用者の視点でビデオ撮影ができる。「ok glass, record a video」と語りかけるか、「Record video」カードをタップするか、ボタンを長めに押すとビデオ撮影ができる。     多くの若者がGoPro Heroのようなアクション・カメラを自動車に搭載したり、自転車のヘルメットに装着して、ドライブやサイクリングの様子を撮影している。Google Glassはアクション・カメラの代用となり休日の楽しみ方が広がる (上の写真)。

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(コンピュータ歴史博物館に展示されているCray-1。スパコンの礎を築いただけでなく、コンピュータ・アーキテクチャに多大な影響を与えた。)

Google Glassで実況中継を行う

Google GlassはGoogle Hangouts機能を搭載しており、テレビ会議として利用できる。但し、Google Glassでテレビ会議を行うと、グラスに搭載しているカメラで捉えた映像を送信することになり、グラスを通して見ている光景が実況中継される。上の写真がその様子で、Google Glassから送信されたビデオ映像をiPhoneで見ているところである。利用法は様々で、シリコンバレーの「コンピュータ歴史博物館」の展示場を巡りながら、往年のスパコン「Cray-1」の姿を日本にビデオ中継できる。テレビ局のニュース・キャスターのように、シリコンバレーのいまをグラス目線でライブ中継できる。

Google Glassで撮影した写真は自動でGoogle+にバックアップされる。Google+で写真アルバムを作り、イベントごとに整理してきたが、グラス生活が始まり、写真撮影枚数が一桁増え、写真整理が追い付かない。撮影した写真をどう整理するのか、またそれ以上に、大量の写真をどう活用するのか、まだ模索中である。

Google Book Search集団訴訟 (下)

Saturday, September 5th, 2009

先週に引き続き、Computer History Museumで開催された、「Books, Google and the Future of Digital Print」 (書籍とグーグルとデジタル・プリントの行方) という講演会から、Google Book Search集団訴訟の意味と問題について報告する。

 

集団訴訟和解協定での応酬

講演会では、Google BooksのDaniel Clancy (ダニエル・クランシー、下の写真、出展:Google) が、Authors Guildらとの和解内容について説明した。和解協定の概要は前回の通りであるが、Clancyは、Book Rights Registryの設立や、収入の67%を著者に支払うなど、Authors Guild側に有利な条件となっていることを強調した。講演会進行役を勤めた、Computer History MuseumのCEOであるJohn Hollar (ジョン・ホラー) からは、次々と厳しい質問が発せられた。

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そのひとつが、プライバシーの問題である。Google Book Searchでは、Googleは、誰が何時どの本を読んだかなど、利用者の個人情報を得ることができ、プライバシーの問題を含んでいると指摘した。これに対して、Clancyは、Google Book Searchは、通常の検索と同じで、個人情報を収集させないためには、オプトアウトすれば良いと回答した。個人のIDでGoogleサイトにログインして、Book Searchを行なうと、個人情報のログが収集される。しかし、ログアウトしてBook Searchを利用すれば、ログは収集されるが、それが特定の個人と結びつかなくなるため、個人のプライバシーは守られると答えた。会場の参加者からは、この和解協定はアメリカで行なわれたものであるが、海外での対応について質問があった。Clancyは、アメリカ以外の国においては、著作権法が異なるので、個別の解釈が必要となるが、和解のプロセスは同じであると説明した。更に、ドイツの場合には、書籍をスキャンすること自体が、著作権に抵触するとの解釈であり、ドイツはこの和解に加わっていないと説明した。

 

集団訴訟和解協定の問題点

Clancyは、Hollarや会場からの厳しい質問に、実に丁寧に根気よく回答してくれたが、講演会を聞いて、和解協定は多くの問題を含んでいることが、浮き彫りになった。最大の問題が、Orphan Book (オーファン・ブック) への対応である。Orphan Bookとは、文字通り孤児書籍であり、著作権が存続しているがその著者が不明なもの、又は、著者を探せないものである。Orphan Bookは、著作権が存在しているが、絶版となり、宙に浮いてしまった書籍で、Googleがスキャンした書籍の75%がこれに当たる。著作権が切れたパブリック・ドメインの書籍は全体の16%で、残りの9%が著作権が存在し、著者も特定できる書籍である。

 

和解協定での著作権侵害についての議論は、この9%の部分についてであり、大多数を占めるOrphan Bookについては、和解協定が認められれば、引き続きGoogleがデジタル化を行なうことができる。つまり、Googleは、これらOrphan Bookを、販売したり、関連広告の掲載をすることで、収入を得ることができる。GoogleがOrphan Bookで独占的にデジタル書籍事業を遂行できる権利を得ることができる。

 

更に、前述のプライバシーの問題も存続する。Clancyが説明したように、Googleはオプトアウトした利用者の個人情報は収集しない。しかし、この和解協定では、プライバシー保護の義務は記載されていない。あくまで、Googleの自主規制に委ねられている。書籍閲覧でのプライバシー保護の意味は、検索キーワードの場合とは、重みが異なる。特定の本を読むことと、個人の思想信条は、密接に関係しており、どこまでプライバシーが守られるかについて、法的な義務は制定されないことになる。

 

企業間のビジネス・ディール

Google Book Searchが開始された当初は、大学図書館に収納されている書籍がデジタル化され、膨大なデータに、誰もが自由にアクセスでき、利用者に大きなメリットがあると期待されていた。人類が生み出した知恵をデジタル化するという構想に、多くの大学が賛同し、書籍の提供に協力した。今ではこの和解協定に対して、Googleがデジタル書籍で、独占的な地位を占めることになるとの懸念から、否定的な意見が多い。当初はGoogle Book Searchに参加していた大学も、参加を取りやめるケースも出ている。その一方で、この和解協定は、問題は含んでいるものの、図書館に眠っている膨大なデータを公開し社会に役立てるとの観点から、和解協定を支持する団体も少なくない。いま、アメリカは、Google Book Searchで、国が二つに割れて、議論が続いている。

 

反対組織の中心であるOpen Content AllianceやAmazon.comの議論を聞くと、実りのない不毛な気持ちとなる。和解協定は、GoogleとAuthors Guildという会社が、事業推進のために行なったビジネス・ディールであり、両社にとって一番利益の上がる条件を既定している。しかし、多くのインターネット利用者は、個別のディールではなくて、書籍デジタル化と著作権の関係について、明快な回答を望んでいる。インターネット時代において、書籍をデジタル化することは違法なのかどうか、また、Snippetとしてどの範囲まで公開できるのかなど、社会生活に関係する基礎的な事項を明確にして欲しいと願っている。デジタル書籍の権利関係のコンセンサスの形成を期待している。

 

アメリカに投げかけられた難問

和解協定では、Googleが手に入れようとしている広大な権利が、一般に知れ渡ることになり、Googleへの批判が強くなっている。また、和解協定が示しているとおり、アメリカの現行著作権法では、この問題を解決できないことも明らかになってきた。Googleという優等生が、今までに想定もしなかった難問を投げかけて、アメリカ社会がこれに回答できない状態に陥っている。インターネット世代に時代遅れとなった著作権法を、如何に改正していくかが本質的な課題である。Googleに批判が集中するのは不公平で、法整備が遅れているアメリカ議会が主導的な役割を果たすときである。ハーバード大学ロースクールのLawrence Lessig教授が提案しているCreative Commonsのように、デジタル書籍を既定する、新しい著作権の仕組みが必要である。著作権法の厳密な解釈により、人々が築き上げてきた英知に、アクセスできなくなるのは、時代の進化に逆行する。Googleが投げかけた問いに、企業間のビジネス・ディールとして通過するのか、それとも、本質に立ち返って新しい解が登場するのか、歴史の転換点である。

Google Book Search集団訴訟 (上)

Saturday, August 29th, 2009

先月、カリフォルニア州マウンテンビューにあるComputer History Museumで、「Books, Google and the Future of Digital Print」 (書籍とグーグルとデジタル・プリントの行方) と題する講演会が開催された。この講演会は、社団法人情報処理学会で、日本のコンピュータの歴史を編纂されている委員の方から紹介して頂いた。Google Book Searchは、昨年10月に和解協定が結ばれたが、デジタル・アーカイブを進めているOpen Content Allianceなどを中心に反対意見が優勢になってきた。アメリカを二分しての議論に発展しているだけでなく、日本やヨーロッパなど、海外にも波紋を広げている。Google Book Searchがアメリカ社会に問いかけている問題について、二回に分けてレポートする。

 

Google Book Searchとは

この講演会は、Google BooksのEngineering DirectorであるDaniel Clancy (ダニエル・クランシー) が、Google Book Searchについて、Computer History MuseumのCEOであるJohn Hollar (ジョン・ホラー) と、対話する形式で行なわれた。講演会の題目からして、Googleが描いているデジタル・プリント構想の説明を期待していたが、講演の内容はGoogle Book Search集団訴訟問題に終始した。

 

Google Book Searchについては、よく知られているが、その経緯を簡単に遡ると、次のようになる。Google Book Searchは、04年に、Google Printという名前でプロジェクトが始まった。Googleは、アメリカの大学と提携して、大学図書館の蔵書をスキャナーで読み取り、デジタル書籍のライブラリーを構築することを目指している。Googleは、デジタル・ライブラリーを、研究者だけでなく、一般市民にも公開して、幅広く社会に貢献すると表明している。Google Book Searchに、人類の知恵が集結するという、少し恐怖を感じるが、壮大なプロジェクトが進んでいる。

 

このプロジェクトには多くの大学が賛同し、Googleが大学図書館の蔵書をスキャンすることを認めている。Clancyによると、Googleは、現在、700万冊のスキャンを終え、最終的には1500万冊をスキャンすることを目指している。しかし、プロジェクト開始翌年の05年には、Authors Guild (オーサーズ・ギルド) などがGoogleに対して、訴訟を起こした。Authors Guildは、アメリカの著作者団体で、Googleが書籍を無断でスキャンし、この行為は著作権の侵害に当たるとして提訴した。Googleが書籍を、スキャンして、それを保存して、加工して、Snippet (スニペット) として公開していることが、著作権を侵害しているという主張である。

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Google Booksでのサービス

Googleがスキャンした書籍は、Google Booksに掲載されている。Google Booksのサイトには、大量のデジタル書籍が掲載されている。著作権が存続している書籍については、そのSnippetが公開されている。Snippetとは、書籍の断片で、書籍の一部が公開されており、利用者はそれを読み、書籍の概要を把握することができる。上のスクリーンショット (出展:Google) は、私の書籍の事例で、Google Booksに、表紙を含めて36ページのSnippetが掲載されている。全体では166ページあり、書籍の22%がSnippetとして公開されている状況である。また、書籍購買のためのリンクや、書評へのリンクも掲示されている。

 

著作権が失効している書籍については、パブリック・ドメインの書籍として、すべてのページが公開されている。利用者は、パブリック・ドメインの書籍については、Google Booksで、全頁を読むことができるだけでなく、書籍内部を検索することができる。読者にとっては大変に有難いサービスであるが、Authors Guild等は、これらの行為が著作権侵害にあたるとして提訴している。

 

Google Book Search集団訴訟和解案

Clancyは、集団訴訟和解案の内容について、紹介した。GoogleとAuthors Guild等は、08年10月に、和解協定に調印し、両者の和解が成立した。Googleは、総額で1億2500万ドルを、Authors Guildに支払うことで合意した。そのうち、Googleは、4500万ドルを基金として、書籍をデジタル化された著者に和解金を支払う。著者は、一人当たり最大で60ドルの支払いを受けることになる。また、Googleは、3450万ドルの基金で、Book Rights Registryを設立する。Book Rights Registryとは、著者や出版社が書籍を登録するためのウェブサイトで、ここで実際の和解手続きを行なう。更に、Googleは、Google Booksに掲載された書籍が売れた場合、また、関連広告で収入を得た場合には、その売り上げの67%を、著者や出版社に支払う。

 

Book Rights Registryは、既に、09年2月にオープンし、運用が始まっている。このサイトは、下のスクリーンショット (出展:Book Rights Registry) のとおり、Google Book Settlementという名称で、書籍の著者や出版社が、書籍の登録を行い、支払いを受ける手続きを行なう。一方で、Googleのこの契約に同意できない著者や出版社は、その旨を宣言する。下の事例は、再び、私の本をBook Rights Registryに登録した様子である。登録後に、Googleが提示している、前述の集団訴訟和解案に合意するかどうかの意思表示を行なうことになる。(個人的には、出版社との契約が終了する来月に、Googleとの和解に同意する予定である。)

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この集団訴訟和解案は、裁判所の承認をもって、効力を発効する。これにより、Googleは、書籍のデジタル化を続行することができる。しかし、この和解案に対しては、多くの団体が反対している。その代表が、Microsoftらが構成している、Open Content Allianceである。更に、アメリカ司法省は、この和解案は、独占禁止法に抵触する恐れがあるとして捜査を始めた。Google Book Searchはその行方が不透明になってきた。

リミックス・カルチャー

Saturday, January 10th, 2009

カリフォルニア州マウンテンビューにあるComputer History Museumでは、著名人を講師とする講演会 (Speaker Series[1]) が定期的に開催されている。先月は、Stanford Law School (スタンフォード大学・法科大学院) のLawrence Lessig (ローレンス・レシッグ) 教授 (下の写真、出展: lessig.org) が講演を行なった。

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(Lessig教授の写真は、このサイトにたくさん掲載されているが、白黒写真がLessig教授の、真摯なイメージと一番マッチする。)

 

機会あるごとにLessig教授の講演を聞いているが、今回は10月に出版された著書「Remix – Making Art and Commerce Thrive in the Hybrid Economy」(リミックス – ハイブリッド経済で芸術と事業を活性化する方法) と同じ題目で、リミックス・カルチャー (Remix Culture) についての講演であった。講演が終わった時にはスタンディング・オベーションで、しばらく拍手が鳴り止まなかった。Lessig教授の手法の特徴は、インターネットという法体系が未成熟な領域で、学問ではなく、現実的な解を生み出しているところにある。しかし、講演を聞いて心を打たれるのは、Lessig教授の使命感である。Lessig教授は、インターネット上での自由な創作活動を守るため、活動を続けている。

 

著作権とクリエイティブ・コモンズ 

この講演を聞いた時は、Lessig教授はスタンフォード大学の教授であったが、12月にHarvard Law School (ハーバード大学・法科大学院) に移り、古巣に戻った形となった。Lessig教授は、Creative Commons (クリエイティブ・コモンズ) の創設者として特に有名である。Creative Commonsとは、著作権を、インターネット時代に適合するように、改良した権利概念である。講演の中で、Lessig教授は、著作権は20世紀の遺物でデジタル時代にはそぐわない、と持論を展開した。

 

Lessig教授は、著作権が制定された当時は、Read-Only Culture (読み出し専用文化) で、著作権は書籍などアナログ媒体に記載されたコンテンツの権利関係を規定している、と説明した。インターネットの登場により、世の中はRead/Write Culture (読み書き両用文化) に様変わりした。ブログがその例で、利用者はブログを読むだけでなく、ブログにコメントを書くこともできるようになった。インターネット上で読み書きできる構造が、リミックス・カルチャーを生んだと説明が続いた。

 

リミックス・カルチャーとは 

Lessig教授は、リミックスの事例として、「Read My Lips」と題するビデオを上演した。このビデオはGoogle Videoで見ることができる[2]。ビデオでは、ブッシュ大統領とブレア元首相のビデオ・クリップを繋ぎ合わせて、ここにLionel Richie (ライオネル・リッチー) の「Endless Love」という歌を、張り合わせたのもである。題名の通り、歌の歌詞とブッシュ大統領の唇の動きが同期し、思わず笑ってしまうコミカルなビデオである。Lessig教授が、しばしば引用するリミックスの例であるが、他人のビデオや音楽の断片をコピーして、それを編集することで、異なる作品を作り出すことを、リミックスと呼んでいる。

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Lessig教授は、他にも「Dipdive」[3] (ディップダイブ) という例を紹介した。(上の写真、出展: YouTube)   このビデオは、アメリカ大統領候補者選びの頂点であるSuper Tuesdayを前に、オバマ・サポーターがYouTubeに掲載した、キャンペー・ビデオである。Dipdiveは、音楽家のWill.i.am (ウィル・アイ・アム、本名William James Adams) がプロデュースした、ミュージック・ビデオ・コラージュである。オバマ候補の演説に、ギターやボーカルをリミックスしたものである。オバマ候補の演説の、テンポと音程が音楽にマッチして、印象深いビデオとなっている。ビデオの中で、オバマ候補の演説が、ギターのコードと供に進行し、オバマ候補の主張が、荘厳で緊迫感に満ちたトーンで伝わってくる。このビデオを見て、オバマ候補に投票した人は、少なくはないはずである。

 

リミックス時代の著作権

Lessig教授は、これらのリミックスは、現行著作権法によると違法行為とされ、若者たちの創造の芽が失われているとし、インターネット時代に即した、法体系が必要であると提唱した。インターネット上には、二つの経済圏が構築されており、それぞれを「Commercial Economies」(商用経済)と「Sharing Economies」(共有経済) と呼んだ。Commercial Economiesは、アマゾンなどに代表される商業活動である。一方、Sharing Economiesは、ウイキペディアに代表される、非営利団体による無償サービスである。Lessig教授は、この中間に「The Hybrid」(ハイブリッド経済) が誕生していると指摘した。The Hybridとは、優秀なアマチュアが、YouTubeなどで小遣いを稼ぐことができる経済圏を指している。The Hybridで、リミックスにより新文化が誕生しており、現行著作権法では、これらの創作物は違法となる。Lessig教授は、若者の間で生まれつつあるリミックス・カルチャーを守るために、著作権法改定の運動を進めていると締めくくった。

 

考察

The Hybridは、芸術の世界だけでなく、 ソフトウェア業界でも広がりつつある。若い世代が開発した、Voiceroute (ボイスラウト) というソフトウェアは、有名なオープンソースをリミックスしたものである。若いエンジニアたちは、これが当たり前の手法であり、相応の値段をつけて販売している。大人たちもそのことに気付き始めた。オープンソースが無償である限り、創造性の源泉は長くは続かないと。Sun Microsystemsに買収されたMySQLは、エンタープライズ版を開発し、追加機能に見合った金額を徴収している。Lessig教授の講演で、インターネット文化は成長を続け、時代はまた一つ進んだことを感じた。

 


[1] http://www.computerhistory.org/events/index.php?id=1226358478

[2] http://video.google.com/videoplay?docid=-8845429906560840314

[3] http://www.youtube.com/watch?v=2fZHou18Cdk

アーサー・ロック: シリコンバレーを築いた投資家

Friday, June 1st, 2007


シリコンバレーの新興企業は、ベンチャー・キャピタル (Venture Capital) という資金を利用して、新技術を生み出してきた。 この「ベンチャー・キャピタル」という言葉と手法を生み出したのが、アーサー・ロック (Arthur Rock) という人物であり、フェアチャイルドー (Fairchild Semiconductor) やインテル (Intel) など、多くの企業を育て上げた。コンピューター歴史博物館 (Computer History Museum) で、「歴史に名を残すベンチャー・キャピタリストであるアーサー・ロックとジョン・マーコフとの会話の夕べ」 と題する講演があり、ロック自身が語るベンチャー企業の歴史を聞いた。

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シリコンバレーの歴史を作ったベンチャー・キャピタリスト Arthur Rock (出展:Harvard Business School)

フェアチャイルド・セミコンダクター

ロックはベンチャー・キャピタリストの草分けであり、1926年にニューヨーク州ロチェスター (Rochester) に生まれた。ロックがこの道を進む切欠となったのが、フェアチャイルド・セミコンダクターとの関わりである。 ロックはハーバード・ビジネス・スクール卒業後、ウォール街のヘイデン・ストーン社 (Hayden Stone & Co.) で証券アナリストとして働いていた。ロックは講演の中で、自身がフェアチャイルドに手を染めるようになった経緯を、「ユージーン・クライナー (Eugene Kleiner) の父親がヘイデン・ストーン社に手紙を出した」ことに端を発したと説明した。クライナーという人物は、ノーベル物理学賞を受賞したウイリアム・ショックレー (William Shockley) 率いるショックレ半導体研究所 (Shockley Semiconductor Laboratories)にいたが、「仕事に大きな不満を抱えており、仲間と新会社設立を計画」していた。

この新会社が後のフェアチャイルド・セミコンダクターであり、クライナーを含む会社設立の8人は、ショックレーから「八人の裏切り者 (Traitorous Eight) と呼ばれ歴史に名を刻んでいる。この新会社設立の資金を募ったのがロックで、フェアチャイルド・カメラ&インスツルメント (Fairchild Camera and Instrument) 150万ドルの資金を提供した。 そして1957年、パロアルトで、フェアチャイルド・セミコンダクターが事業を開始した。投資家のシャーマン・フェアチャイルドは (Sherman Fairchild)は、父親の遺産を相続し、IBMの筆頭株主であり、航空写真など多くの事業に投資をしていた。フェアチャイルド・セミコンダクターで、シリコン集積回路という革新的な事業が立ち上がり、ロックはベンチャー・キャピタリストとして名を知られるようになった。

ベンチャーキャピタリストとして出発

ロックはその後1960年に設立されたTeledyne (テレダイン) への投資に関わった。技術企業の集合体であるテレダインは、ロックの投資から歴史が始まった。これを契機に、ロックは1961年にサンフランシスコに移り、ここでトーマス・デービス (Thomas Davis)と「デービス&ロック (Davis & Rock)」投資会社を設立した。 サンフランシスコに事業拠点を移した後、ロックは、マックス・パレブスキー (Max Palevsky) により設立されたサイエンティフィック・データ・システムズ (Scientific Data Systems: SDS)に投資を行った。 SDSは科学技術計算を専門とするコンピューター企業で、その後、ゼロックス (Xerox) に高値で買収されることになる。 ロックは買収後その理由を知ることになり、「当時IBMはコピー事業に参入することを目論んでおり、ゼロックスはこの対抗策として、コンピューター事業に進出するためにSDSを買収した」とディールの真相を説明した。ゼロックスはSDSを、科学技術計算から、IBM対抗のビジネス計算事業に、方向転換を図ったがうまくいかず、この事業は失敗に終わった。

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Traitorous Eight」; KleinerRockとの出会いの切欠を作る。Noyceが集積回路を考案。Mooreがムーアの法則を提唱。 (出展:Fairchild Semiconductor)

インテルからアップルに投資

1968年には、ロバート・ノイス (Robert Noyce)、ゴードン・ムーア (Gordon Moore)、アンディー・グローブ (Andy Grove) が、インテルを創設する。このときの資金調達にロックが指名され、半日で250万ドルを募ったことが、ベンチャー・キャピタル界での武勇伝となっている。ロックによると、「資金調達のため準備したのは、二ページにダブルスペースでタイプした資料」だけであったとの説明を聞いて、会場から一斉に笑いと拍手が起こった。ロックの先見性に多くの投資家が信頼を置き、大量の資金が集まる状況であった。時代は進み、1978年に、ロックはアップルに投資をしているが、そのときは様子が違い、ロックは「スティーブ・ジョブズ (Steve Jobs) に会った時、アップルの将来性はない」と判断したと述べた。ジョブズには「惹かれるところはなかった」と語り、ロックが育ててきた企業の世代交代が進んでいることを現している。しかしそれでもアップルに投資したのは、「サンノゼで開かれたホームブリュー・コンピューター展示会 (Homebrew Computer Show)で、アップル・ブースが黒山の人だかりであったため」と説明した。時代は急速に新しい世代に移りつつある。

投資の判断は何か

今回の講演で一番惹かれた点は、ロックがシリコンバレーを形作ったベンチャー企業の生い立ちを披露する点ではなく、ロックがベンチャー企業とどういう姿勢で向かい合ってきたかという点である。つまり、ロックがベンチャー・キャピタリストとして活躍する背後にある、ロックの思想や投資への考え方である。講演会進行役のジョン・マーコフ (John Markoff) がロックに、「投資する際の決めては何か」と質問し、それに対しロックは、「自分は技術屋ではないので技術のことは分からない。その代わり、人物を見て投資を決定する」と説明した。この発言にロックの思想が凝縮している。

ロックの説明は続き、人物のどこを見て判断するのかというと、「技術的に誠実であること (Technically Honest)」と述べた。これはどういう意味かというと、起業家は「技術をありのままに理解する必要がある」としている。「市場での技術を正確に把握し」、さらに、「自分が開発している技術を過大評価することなく、冷静に評価できる能力が必要である」と述べている。技術者が開発している製品にほれ込むことは大切だが、盲目になるのではなく、「問題点を冷静に掴み、それを解決していく能力が必要である」としている。

さらに、ロックは、「戦略は戦術に必ず負ける」を持論にしている。起業家にとっては、アイディアや事業戦略は必要であるが、最後に必要なことは、目の前にある問題を早く解決する戦術である。米国社会では、ビジネス・スクールで企業戦略を教え込まれるが、大企業と異なりベンチャー企業では、毎日生きるか死ぬかの境界線上にあり、これを切り抜けて成長するため、「今日の問題を如何に解決するかという即効性が重要である」としている。

新技術かキャピタルゲインか

マーコフの「インターネットバブルをどう評価するか」という質問に対し、ロックは「投資家は事業を育てるために存在する」と、彼の信念を述べた。ロックが新興企業に投資をするのは、キャピタル・ゲインを得ることが目的であるが、最終的なゴールは「若い企業を成長させるための手助けをすることである」と述べた。これは、新興企業の経営者にも当てはまり、ロックの投資判断の重要な要素となる。だれもが金持ちになりたくて事業を起こすが、究極の目的が、新しいものを生み出すことであるのか、キャピタル・ゲインであるのかで大きく異なる。新興企業の経営者が、独自の技術で新製品を創り出すことに喜びを感じているか、事業成功による報酬に幸せを感じるのかで、企業の舵取りも異なってくる。ロックによると、「投資対象に選ぶ経営者は必ず前者のタイプであり、キャピタル・ゲインを目指す経営者には決して投資しない」と説明した。

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講演会会場のComputer History MuseumSilicon Graphicsの元本社ビルが博物館に生まれ変わった。ここで著名人によるLectureが行われていることを教えてもらい参加。 (出展:Google Maps StreetView)

人の能力に投資

インターネット・バブル期には後者のタイプの経営者が、金銭的なリターンを目指してベンチャー企業を起こしてきた。そしてバブルがはじけた。ロックの講演を聞いて、歴史を変える技術が生まれるのは、芸術家が偉大な作品を発表するのに似ていると感じた。ベンチャー企業で革新的な技術が登場し、製品になるのは、その技術にのめり込んで、寝食を忘れて開発に没頭する姿が浮かび上がる。この人間に秘められたパワーが全開し、幸運が重なって、ベンチャー企業として成功する。キャピタル・ゲインを目的とした中途半端な根性では、世の中を変える新技術は生まれない。ロックの信念である、「投資対象は技術ではなく人である」という言葉は、ハイテク産業の地シリコンバレーでは意外な感があるが、人間に秘められた大きな能力に期待していることを示している。ロックの講演から、ベンチャー・キャピタル投資だけに留まらない、普遍的な教訓を教わり、イノベーションの源泉を垣間見た。