Archive for April, 2007

音楽遺伝子解明プロジェクト

Friday, April 6th, 2007


今週、ついにアップルは、DRM (Digital Rights Management:デジタル著作権管理) なしの音楽ファイルを販売することを明らかにした。正確には、英国のレコード会社であるEMIグループ(EMI Group)が、「DRMフリーのダウンロード事業を始める」との発表[1]を行った。さらに、「これを適用する最初のオンライン・ストアーが、アップルのiTunes Store(アイチューンズ・ストアー)となる」ことを明らかにした。現在アップルiTunes Store で販売している音楽ファイルは、「FairPlay」(フェアプレー)という、アップル独自仕様のDRMで音楽著作権を保護している。このため、iTunes Storeからダウンロードした音楽ファイルは、iPod(アイポッド)かパソコン上のiTunesでしか再生できない仕組みになっている。iTunes Storeからダウンロードした音楽ファイルを、他社MP3プレーヤーで再生することができないという大きな制約がある。

 

アップルの言い訳

アップルは、この仕組みで著作権を守っていると主張しているが、市場からは音楽ファイルの囲い込み[2]として、反対の声が日に日に高まっている。アップルCEOであるスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)は、「アップルとしてはDRMなしで音楽ファイルを販売したいが、レコード会社がこれに反対している」と、苦しい言い訳をしてきた。ここにきて、大手レコード会社であるEMIグループが、DRM無しでの音楽ファイル配信に踏み切った。どうしていま、EMIグループが方向転換を行ったかについては、ニューヨーク・タイムズ[3]が、「EMIグループはトップ4レコード会社の中の四位で、このままCDの売り上げが落ちるよりは、違法コピーのリスクはあるが、DRMフリーで事業を再建するほうが得策と判断した」と分析している。EMIグループの発表は、著作権保持者にとっては苦渋の選択となるが、インターネット利用者にとっては、重い足かせが外れ、音楽を自由に楽しむことができるようになった。結局、著作権問題の解決策はないままに、インターネットの新しいページが開きつつある。

 

インターネットと音楽

アップル以外にもインターネット上で色々な音楽サービスが登場しているが、そのひとつにパンドラ(Pandora)というサイトがある。パンドラは、リスナーの嗜好を理解し、その人にあった音楽を配信するというインターネット・ラジオである。目新しいサイトではなく、二年くらい前からサービスを開始しているが、とてもインテリジェンスが高く、今後何か起こりそうな予感のするサイトである。

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インターネット・ラジオであるパンドラの放送ステーション画面 (出展:Pandora Media, Inc.)

リスナーはラジオ局(ステーション)を設定し、これらステーションで好みのジャンルの音楽を受信する。例えばジャズで「セロニアス・モンク」(Thelonious Monk)というステーションを設定すれば、ジャズピアニストであるモンクが演奏する曲や、更に、モンクに雰囲気が似ている曲が配信されてくる。最初はモンクの演奏から始まり、リスナーは、パンドラが配信する音楽に対して、「好き」、「違う」、「嫌い」の三通りの評価をすることができる。パンドラはこのフィードバックで、個人の嗜好を学習していき、音楽選曲を最適化する。リスナーが「好き」と評価すれば、引き続き同じ雰囲気の曲を配信する。「違う」とは、このステーションには不適切という意味で、「嫌い」とすればこの曲は向こう一ヶ月は配信されない。

 

パンドラの仕組み

使ってみると分かるが、パンドラは個人の嗜好を驚くほど正確に掴む。何回かのフィードバックで、リスナーが好むであろう音楽を配信してくる。これがびっくりするくらい、自分の趣味にあっていて、配信された音楽に聞き入ってしまう。最大の発見は、自分が知らなかった世界に、これほど沢山のすばらしい音楽が存在していたという事実である。パンドラは未知のすばらしい世界があることを教えてくれた。配信された音楽は、アップルiTunes Storeにリンクしており、このまま99セントでダウンロードすることで、ビジネスが成立する。

 

パンドラの仕組みであるが、今流行のウェブ集合知の応用ではなく、地道な音楽の分析から始まる。これは「Music Genome Project」(音楽遺伝子解析プロジェクト)と呼ばれ、音楽に潜んでいる特性を解明するというプロジェクトである。このプロジェクトでは、プロの音楽家が一曲ずつ丹念に聴いて、曲の特性を400余りの要素にまとめるという作業である。この一端が伺えるのが、パンドラがなぜこの曲を選定したのか、その理由を教えてくれるところにある。先の「セロニアス・モンク」のステーションではモンクの演奏以外に、「ビル・エバンス」(Bill Evans)の演奏も配信される。同じジャズピアニストであるが、両者にあまり共通点はない。しかし配信している曲(「I Love You Porgy」)を選択した理由として、演奏スタイルが「ビバップ」を踏襲しており、かつ「クール・ジャズ」の影響も見受けられ、「ピアノソロがメロディック」で、「ベースのソロ」が入るためと教えてくれる。実際に聞くと、自分が好きな曲と雰囲気が非常に似ている。選曲の背後にはこのような地道な努力があり、ヒト遺伝子解析プロジェクトは終了したが、音楽遺伝子解析プロジェクトは現在も進行中である。

 

トレンド

パンドラは自分が知らない広大な音楽の世界を教えてくれた。ウェブ用語を使うと、音楽のロングテールを示してくれた。アップルiTunes Storeで購入していたのは、まさにヘッドの部分だけで、パンドラは広大なロングテールの中で、今まで知らなかった好みの曲を推薦してくれる。アマゾンのリコメンデーション・エンジンでは検知できない、多くの新しい音楽を推薦してくれる。とても貴重な情報源であるのと同時に、音楽ロングテールでのビジネスが生まれつつある。さらにこれから、MP3プレーヤーや携帯電話がWiFi対応となると、パンドラの守備範囲が一挙に拡大する。今はインターネット・ラジオとして、音楽を家庭のPCに配信するだけだが、WiFiでのアクセスが可能となれば、FMラジオやサテライト・ラジオと遜色がなくなる。音楽のパンドラの箱が開きつつある。




[1] EMI Group plc, EMI Music launches DRM-free superior sound quality downloads across its entire digital repertoire, 4/2/2007

[2] アップルの罪, Venture Weekly Review, 1/26/2007

[3] Jeff Leeds, New York Times, EMI to Drop Digital Locks in Web Sales, 4/3/2007