福島第一原子力発電所の重大事故が、アメリカ政府のロボット開発を始動させた。放射能線量が高く、瓦礫が散乱する中で、自律的に救助活動を行うレスキューロボの開発を目指している。日本の技術を取り込んで、アメリカの威信をかけたロボット開発が始まった。
コンテスト形式でロボット技術を開発
ロボット開発は、アメリカ国防省研究機関であるDARPA (国防高等研究計画局) 主導のもと、「DARPA Robotics Challenge」 (DRC) というコンテスト形式で行われている。DRCはロボット・システムとソフトウェア開発を競うコンテストで、天災や人災が起きた際に、ロボットが人間を手助けすることを目指している。12月20日と21日の二日間、マイアミ州で「DRC Trials」という予選が行われた。競技の様子はYouTubeでリアルタイムでストリーミングされた。
16チームがエントリーし、日本企業であるSCHAFTが二位に大差をつけて優勝した。日本のロボット技術力の高さが改めて証明された。上の写真はがれきに見立てたブロックの上を歩行するSCHAFTの様子 (出展はいずれもDARPA) である。DRCは、災害時の救助活動を行う際に必要な機能を検証する目的で行われ、レスキューロボに必要な八つの技能が試験された。
ロボットが自動車を運転する
このタスクはロボットが自動車を運転する能力を競うものである。コースは、路上にパイロンなどが置かれ、ジグザグになっている。ロボットはこれを避けながら運転していく。ゴールに到着すると、ロボットは自分で自動車から降りる技能を試される。下の写真はTeam Kaist (韓国のチーム) が競技をしている様子である。ロボットはゴールまで自動車を運転することができたが、自動車から降りることはできなかった。八つのタスクの中で一番難易度が高い。ロボットが自動車を運転する意味は、人間が使っているツールを使い、救助活動を行うことを意図している。自動車の他に電動ドリルなどを操作する技能が試験された。自動運転車はGoogleなどが開発しているが、今回はロボットの運転技術が試された。
ロボットががれきの上を歩行する
このタスクではロボットが不規則な地形を歩く能力が試された。経路上にブロックが階段状に並べられ、ロボットは階段を上り下りする要領で歩いていく。コースは三つのパートからなり、ブロックが規則的に並んでいる場所から、不規則に並んでいる場所に難易度が上がる。下の写真はTeam WRECS (Worcester Polytechnic Instituteなどの大学チーム) が競技をしている様子である。ここではブロックが不規則に並んでいて、コースの中で一番難易度が高いところである。ロボットは難所を歩き抜きゴールした。
ロボットが階段を上る
このタスクはロボットが階段を上る技術を競う。ロボットは両手と両足を使って階段を上る。両手で手すりを掴み、足を一段踏み上げ、この動作を繰り返して登っていく。上った段数で得点が決まり、一段目、四段目、最上部までの昇降が試された。下の写真はTeam ViGIR (米バージニア州とドイツの連合チーム) が競技をしている様子である。両手で手すりを掴むが、うまくバランスが取れなくて、片足を一段踏み上げることができなかった。残念ながら結果はリタイアとなった。ロボットにとって階段は移動における難所である。
ロボットが壁をくりぬく
このタスクはロボットが電動ドリルを使って、壁を切り抜く技量を試すものである。壁に緑色の三角形が描かれ、ロボットはドリルで三角形を切り抜き穴をあける。下の写真はIHMC Robotics (Florida Institute for HumanとMachine Cognitionの大学連合) が競技をしている様子である。ロボットは壁の前に立ち、左側のテーブルに置かれている電動ドリルを手で掴む。ドリルを操作し、壁に描かれている緑色の円を繋ぐ三角形を切り抜く。最後に切り抜いた部分を手で押して穴をあける。これはレスキュー活動の基本タスクで、地震で倒壊したビルの側壁に穴をあけて人命を救助する。この際に、ロボットは特殊工具を使うのではなく、人間が使っている工具を使う点がポイントとなる。IHMC Roboticsはポイントを重ね二位となり、その技量の高さをアピールした。
この他に、がれきを取り除く、ドアを開く、バルブを閉める、消火ホースを接続するなどのタスクが課された。いずれも福島原発事故での救助作業を想定し、レスキューで必要な項目を具体的な形で表現している。今回のDRC Trialsで入賞した八位までがDARPAからファンディングを受け、決勝戦である「DRC Finals」に進む。九位以下は自らの資金でDRC Finalsに進むことができる。決勝戦は来年末に予定されている。
タスク・レベルの自律能力を目指す
現在稼働しているロボットは、工場や研究所など、厳密に制御されている環境で運用されている。工場においては、簡単な作業や繰り返し作業で利用されている。現在のロボットは、歩行や物を掴む能力は一歳児程度で、頭脳は一歳児以下だと言われている。DRCが目指すロボットは「タスク・レベル」の自律能力で、様々に変化する環境で、通信ラインが途切れても、ロボットが半自律的に活動できることを目指している。
「タスクレベル」の自律能力とは、オペレータが厳密に制御しなくても、ロボットが特定のタスクをこなす能力を示す。例えばオペレータがロボットに「ドアを開けて」と指示すれば、ロボットがそれを実行する。具体的には、ロボットがドアのノブを認識し、それを最適な力で掴んで操作し、ドアを引くか押して開ける一連の動きを行う。現在の工業用ロボットのように、ステップ毎のコマンドを指示する必要はなく、Apple Siriにタスクを指示する要領である。
(上の写真は、Team Drexel (Drexel University) のロボットが、ドアのレバーを掴み、押し下げて、押して開けている様子。タスクが完了するまでに10分程度かかり、ロボットにとっては大変な作業である。)
来年の決勝戦では、ロボットがタスクレベルの自律能力を示すことが求められる。DRC Finalsでは、「前にある瓦礫を取り除け」や「バルブを閉めろ」などの指示を受けて、ロボットがタスクを実行する。予選ではロボットは独立した八つのタスクをそれぞれこなしたが、決勝戦では異なるタスクを連続して実行する能力が求められる。実戦のレスキュー・ミッションに近くなり、ロボット技術開発で高度な技法が要求される。
明確なミッションのもとでロボット開発
DRC Trialsのライブ中継を見ていると、2004年に開催された、自動運転車レース「DARPA Grand Challenge」にイメージが重なった。DARPAは、イラクでの物資輸送を無人トラックで行うことを目的に、自動運転技術の開発をレースという形で始めた。初年度は、参加チームの技術レベルが低く、スタート直後、壁に激突しリタイアするシーンが印象に残っている。これが数年のうちに飛躍的に進化し、現在のGoogle自動運転車に結びついている。DARPAは、ロボット技術開発でも、同じ軌跡を描くことを狙っている。
(上の写真はTeam TROOPER (Lockheed Martin) のロボットが、がれきを手でつかみ、取り除き、通路を確保してる様子である。)
DARPA Grand Challengeが自動運転車登場の切っ掛けとなったように、DRCでヒューマノイド型ロボット技術が大きく進化する枠組みが整った。グランド・チャレンジに共通することは、明確なミッションの元で、技術開発を推進することだ。IED (路上爆破装置) から人命を守り、原発事故で被害を最小限に留め、地震で倒壊したビルから人命を救助することを目指す。日本のロボット技術は世界一であるが、技術開発のスキーマはDRCから学ぶ点も少なくない。更に、DRC TrialsからGoogleのロボット戦略も透けて見える。ロボットが多くのことを教えてくれた競技となった。