Archive for August, 2016

リオ五輪で選手を支えたウエアラブル ~ 脳科学を応用したヘッドセットで瞬発力アップ、電気的ドーピングとの声も

Wednesday, August 24th, 2016

リオデジャネイロ五輪で米国チームは121個のメダルを獲得し、その活躍ぶりに社会は沸いた。メダルの半分以上を競泳と陸上で獲得し、選手層の厚さが再認識された。リオデジャネイロ五輪はスポーツテクノロジーの戦いでもあり、選手はハイテクデバイスでトレーニングを積んできた。

話題のトレーニングデバイス

リオデジャネイロ五輪が終わり、アスリートを支えたウエアラブルが話題になっている。いま注目を集めているのが「Halo Sport」というウエアラブルだ (上の写真)。これはサンフランシスコに拠点を置くベンチャー企業Halo Neuroscienceが開発したもので、ニューロサイエンスをトレーニングに応用する。Halo Sportはヘッドセットの形状で、これを頭に着装してトレーニングする (下の写真)。「Neuropriming」 (脳を刺激する) という手法を使い、アスリートの潜在能力を引き出す。Halo Sportを使うとスキルを早く習得でき、強い肉体をつくることができる。

脳を刺激する電気シグナル

アスリートはトレーニングを始める前に、又、トレーニング中にHalo Sportを使う。ウエアラブルに装着されているPrimer (上の写真、ヘッドセット内側の突起のあるデバイス) が脳のMotor Cortex (運動野) を刺激する電気シグナルを発する。この刺激によりシナプスなどの結合パスの組み換えが頻繁に起こり、神経系と筋肉を結ぶ回路が強化される。これにより、アスリートは正確な動きができ、瞬発力を得ることができる。このプロセスを「Neuropriming」と呼び、アスリートはその成果を短期間で得ることができる。

脳が持っているポテンシャルを引き出す

ヒトの脳は膨大な能力を持っているが、これらは活用されないまま眠っている。この潜在能力は「Neuroplasticity」と呼ばれる。ニューロンのパスを柔軟に変更することで、新しいものを学習する能力を発揮する。これが外国語や数学を学ぶ能力となる。アスリートにとっては、体の動きを学び、筋肉を強化する能力となる。トレーニング中にMotor Cortexを刺激すると、高速で学習できる状態「Hyperplasticity」となり、ニューロンのパスを通常より柔軟に繋ぎかえることができる。

リオデジャネイロ五輪

Halo Sportはベータ製品で、トップアスリートがこれを使い実証試験を進めている。リオデジャネイロ五輪では、選手がHalo Sportを使ってトレーニングを重ねてきた。米国では、陸上男子400メートルリレー走者のMike RodgersがHalo Sportを使っている。決勝で米国チームは三着でゴールし、テレビ中継は大きく盛り上がった。しかし、バトン受け渡しで違反があり、米国チームは失格となった。米国以外のアスリートも含め、4人がオリンピックに向けてHalo Sportでトレーニングを重ねてきた。

ピョンチャン冬季五輪

米国スキー協会「U.S. Ski & Snowboard Association」はスキージャンプでHalo Sportを取り入れたトレーニングを始めた。スキージャンプトのレーニングは期間が限られ、また、選手が怪我をするのを避けるため、Halo Sportの導入が決まった。既にトレーニング成果が公開されており、Halo Sportによりジャンプの踏切りパワーが13%向上したとしている。米国スキージャンプチームは2018年のピョンチャン冬季五輪に向けてトレーニングを続けている (下の写真)。

米国国防省がHalo Sportを導入

米国国防省もHalo Sportの効果に注目している。国防省長官Ash Carterは2016年7月、Defense Innovation Unit Experimental (DIUx) プログラムを発表した。DIUxとは国防省と民間企業を橋渡しするプログラムで、企業で開発している先進技術を国防省に取り入れることを目的とする。DIUxは15の先進技術を選び、その一つとしてHalo Sportの採用を決めた。Halo SportはSpecial Operations Command (テロ対策など特殊任務を遂行する部隊) で使われる。Halo Sportを使った軍事技術トレーニングで教育効果を検証する。

Transcranial Direct Current Stimulation

Halo Sportの方式は一般に「Transcranial Direct Current Stimulation (tDCS)」 と呼ばれる。tDCSとは脳皮に電極を付け、低電圧の直流電流を流し、脳の対象となる部分を刺激する方法を指す。tDCSは脳障害や精神疾患の患者を治療する方法として開発された。特にうつ病患者の治療で効果を上げている。一方、健常者が認識能力を向上する効果や、パーキンソン病患者が記憶力を回復する効果などは報告されていない。

学術的な検証を進める

Halo Sportの方式は学術的には検証されておらず、その効果を疑問視する研究者も少なくない。このためHalo Neuroscienceはトップアスリートと実証試験を進め、その効果を正式に公開するとしている。具体的には、実験結果を学術論文として公表しPeer Review (他の研究者による検証) を受ける予定である。tDCSのスポーツへの応用が実用段階に近づいていることを意味する。これを受け、Halo NeuroscienceはHalo Sportを一般消費者向けに販売することを計画している。(下の写真はHalo Sportのコンセプト。Halo Sportはアスリートの脳にチータのように走れと教育する。)

電気的ドーピングとの声も

Halo Sportはリオデジャネイロ五輪で注目を集め世界的に知名度が上がった。ロシアからはHalo Sportは電気的なドーピングであると批判的な声も聞かれる。ロシアは禁止薬物の使用で多くの選手が大会に出場できなかった。Halo Sportは脳への電気的な刺激で筋肉を強化するため、ドーピングのメカニズムに近いとロシアのメディアは主張する。tDCSとドーピングの関係につてはガイドラインは定められていない。今後、World Anti-Doping Agency (世界反ドーピング機関) はtDCSをどう評価するのか注視していく必要がある。今ではトレーニングに高度なテクノロジーを取り入れないと世界の舞台に立てない。同時に、どこに線を引くのかその判断が難しくなってきた。

100年に一度のイノベーション、Fordはステアリングもブレーキもない完全自動運転車を開発

Friday, August 19th, 2016

Ford最高経営責任者Mike Fieldsは記者会見で、完全自動運転車の開発に着手したことを明らかにした。創業者Henry Fordは100年前、自動車を大量生産するという革新的な技術でクルマを庶民に届けた。Fieldsは、これから100年にわたり、Fordは自動運転車で市民生活を豊かにするモビリティを届けると述べた。

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自動運転車を2021年初頭に出荷

記者会見の模様はビデオで公開された。Fordが開発する自動運転車にはステアリング、アクセル、ブレーキはなく、自動で走行する完全自動運転車だ。Fordはこのクルマを2021年初頭に出荷し、無人タクシーやライドシェア事業で使う。Fordは自動運転車を開発してきたが、段階的なアプローチを取ってきた。最初はドライバーの運転を支援する技術を提供し、その後、自動運転車に向かうとしてきた。今回、Fordはこの方式を全面的に見直し、最初から完全自動運転車を開発する。General Motorsなどとは異なるアプローチで、保守的な自動車メーカーとしては大胆な決断を下した。(上の写真はFord自動運転車テスト車両。)

Henry FordのDNAを引き継ぐ

Fieldsは自動運転車を開発する理由について説明した。創設者Henry Fordは、その当時、富裕層の移動手段であったクルマを庶民の手の届くところまで押し下げた。Fordの社命は人々の生活をよりよくすることで、このDNAは今に引き継がれている。過去100年を振り返ると、大量生産技術というHenry Fordのイノベーションが社会生活を豊かにしてきた。これからの100年は自動運転技術で、Fordは再び社会を大きく変えようとしている。

Fordが開発する自動運転レベル

Fordが開発するのは「Level 4」にランクされる完全自動運転車だ。これは「High Automation」と呼ばれ、高度な自動運転機能を搭載する。クルマが自動で走行するのでドライバーはいらない。クルマが運転状態を監視し、問題があればシステムが自律的に対応する。ドライバーが運転を代わるなどマニュアル操作は不要となる。クルマは全ての行程を自動で走行する。

なぜ完全自動運転車なのか

自動運転車でも「Level 3」は「Conditional Automation」と呼ばれ、限定的な自動運転機能を提供する。自動運転であるがドライバーを必要とする。自動運転モードで走行すると、ドライバーは前を見ておく必要はない。クルマが運転状態を監視する。しかし、問題があればアラートが表示され、ドライバーが運転を代わる。クルマがドライバーに制御を引き渡すことになる。これは「Hands-off Problem」と呼ばれ、実行する手順は難しい。このためFordはLevel 4の自動運転技術を開発する。

ちなみにTesla Autopilotは「Level 2」で「Partial Automation」に区分される。ステアリングやアクセル操作は自動で行うが、ドライバーは常に運転状態を監視する必要がある。(下のテーブルは自動運転技術のレベルを定義したテーブル。)

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シリコンバレーが開発拠点となる

Fieldsはシリコンバレーの研究体制を大幅に強化することを明らかにした。FordはPalo Altoに開発センター「Research and Innovation Center」を設立し、先進技術の研究開発を進めている (下の写真)。自動運転技術はこのセンターで開発されている。Fordは完全自動運転車開発のためにこの組織を強化し、来年末までに開発者の数を倍増し300人態勢とする。ここでハードウェア、ソフトウェア、Virtual Driver Platform (仮想の運転環境) を開発する。自動運転試験車両を大幅に増強し、来年末までに100台程度投入する。業界最大規模で試験走行を展開する。

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クルマをゼロから開発

Fordは現行車両に自動運転ソフトウエアを組み込むのではなく、クルマをゼロから開発する。主要パーツは二重化するなど、自動運転車向けの仕様とする。クルマを構成する要素技術は、Lidar (レーザーセンサー)、カメラ、レーダー、アルゴリズム、Localization (位置決定技術)、Path Planning (走行経路計算)、Computer Vision (イメージ解析)、Machine Learning (機械学習)、詳細マップ、高速計算環境などとなる。これらの技術を社内で開発するだけでなく、外部企業の先進技術を積極的に取り入れる。更に、大学研究所と共同研究を進める。

Velodyneへ大型投資

Fieldsは自動運転技術を開発する企業への投資や買収戦略を明らかにした。Fordは「Velodyne」へ7500万ドル出資する。Velodyneは商用グレードのレーザーセンサー「LiDAR」を開発する企業で、自動運転での標準センサーとなっている。LiDARは高性能であるが価格が高く、研究開発のためのセンサーとも言われる。FordはVelodyneに投資しLiDARの量産化を目指す。同時に、中国検索大手BaiduもVelodyneに7500万ドル出資した。中国のGoogleと言われるBaiduもLiDARを搭載した自動運転車を開発している。(下の写真、Fordは試験車両の屋根に4機のLiDAR 「HDL-32E」を搭載するという独自の方式を取っている。)

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人工知能企業を買収

Fieldsは「SAIPS」を買収することを発表した。SAIPSはイスラエルに拠点を置く新興企業でDeep Learningの手法でComputer VisionやMachine Learning技術を開発する。SAIPSは車載センサーが収集したデータを処理し、オブジェクトを把握し、クルマの周囲の状況を把握するために使われる。自動運転車の視覚を司りクルマの中核技術となる。

「Nirenberg Neuroscience」と独占的なパートナー契約を締結したことも明らかにした。Nirenberg NeuroscienceはNew Yorkに拠点を置く研究機関で、人間の視覚をソフトウエアで実装したMachine Vision技術を開発している。Fordはこの技術を使い、クルマが周りの世界を認識する技術を開発する。Machine Learningと組み合わせ、詳細マップがなくてもクルマが自動運転できる技術を開発する。

詳細マップ開発企業へ出資

Fordはこれに先立ち、「Civil Maps」に出資している。Civil MapsはLidarで収集したデータを解析し、自動運転で必要な情報を高精度3Dマップとして生成する。Civil Mapsはクラウドソースの手法を取り、Lidarを搭載した車両からデータを収集する。Lidarでクルマの周囲をスキャンしてマップを作製するが、そのデータ量は極めて大きい。Civil MapsはMachine Learningの技法を使い、ソースデータから必要なオブジェクトを抽出し、運転に必要な情報を付加した「Semantic Maps」を作成する。

無人運転車を共有するモデル

Fordは自動運転車を無人タクシーと無人ライドシェア事業として展開する。無人タクシーとは現行タクシー事業の無人化で、無人ライドシェアはUberのような合法白タクの無人化事業となる。この他に、自動運転車での荷物を配送する事業も計画している。Fordは無人運転車は個人が所有するのではなく、個人が共有するモデルに移るとみている。これにより、資源を有効に利用し、エネルギーを節約し、駐車場を探す必要はなく、道路渋滞を解消することが期待される。

FordとGoogleの自動運転車共同開発

FordとGoogleの自動運転車共同開発が噂されてきたが、この発表でFordは独自に自動運転車を開発することが明らかになった。Fieldsは発表の中で、Googleとの関係について何も語っていない。しかし、Googleを意識した発言が随所にみられた。FordはGoogleのような自動運転車を開発するが、Fordにはクルマを量産する製造ラインがあることを強調した。Fordは車両を自社で量産できる点がGoogleに比べて大きな優位点となることを行間に強くにじませた。

遅すぎた発表

Fordの発表に対し様々な意見がでている。その一つが発表のタイミングである。主要自動車メーカーは既に自動運転車を発表しており、Fordの発表は遅すぎるという意見も少なくない。Fieldsはこれに対し、発表の早さを競うのではなく、Fordは製品の性能と出荷時期で勝負すると述べている。なぜこのタイミングで発表したのか真相は不明だが、Googleとの提携協議が不調に終わったことを受けての発表かもしれない。

Fordの挑戦を評価

一方、Fordは一気に完全自動運転車を目指すという開発指針に対し、これを評価する声も少なくない。自動車メーカーがステアリングの無いクルマを作るのは大胆な試みで、技術面だけでなく、企業カルチャーへの挑戦を意味する。このため、本社のあるDearborn (ミシガン州) ではなく、シリコンバレーに開発拠点を置くことが重要な意味を持つ。Fieldsは、これは会社トップの意思決定で、トップダウンで開発チームを結成し自動運転車を開発すると述べている。Fordは技術面だけでなく企業カルチャー面からも、自動車会社からモビリティ企業へ進化しようとしている。

無人で走行するクルマはできるのか、 Google自動運転車開発最大の危機

Sunday, August 14th, 2016

Google自動運転車開発の総責任者Chris Urmsonは2016年8月、会社を離れた。ここ最近プロジェクトのキーマンが相次いでGoogleを離れており、トップのUrmsonが去ることで自動運転車開発は大きな打撃を受けた。辞任の背後には自動運転車の製品化で意見の相違があるとされる。Google自動運転車開発は最大の危機に直面した。

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UrmsonがGoogleを離れる

UrmsonはニュースサイトMediumに記事を投稿しGoogleを離れることを明らかにした。記事の中で自動運転技術開発を振り返り、Urmsonの開発思想を改めて明らかにした。Urmsonはカーネギメロン大学で研究者として自動運転技術の開発に携わってきた。2009年、Googleに加わり自動運転技術の開発に貢献してきた。2013年にプロジェクト創設者 Sebastian ThrunがGoogleを離れると、Urmsonが開発チームのトップとして開発をけん引した。(上の写真は博物館に展示されているGoogle自動運転車。)

Urmsonは記事のなかで自動運転車開発を選んだ理由を述べている。自身や仲間があえてこの開発に打ち込む理由は、人間が運転するより安全なクルマをつくり交通事故を減らすこと述べている。一方、Urmsonはプロジェクトを去る理由については何も語っていない。また、これからの計画についても白紙だとしている。しかし、今頃はAppleやUberなどからオファーを受けていることは確実で、自動車メーカーの力関係が変わる可能性を含んでいる。

自動車メーカーとの提携は進まない

Google自動運転車部門はUrmsonが組織の顔となっていたが、この部門のトップはJohn Krafcikである。Googleは2015年9月、最高経営責任者としてKrafcikを採用した。KrafcikはHyundaiの社長などを歴任した自動車業界のベテランで、Googleでは自動車メーカーとの提携を主務としている。Urmsonは技術開発の総責任者として役割を分担してきた。

2016年1月、GoogleはFordと提携して自動運転車事業を進めるとの報道があった。しかし、両社からは何も発表は無く、提携協議は難航しているとの見方が広がった。その後、Fordは自動運転車開発を強化するとの報道があり、両社の提携は難しいとみられている。

2016年5月には、GoogleはFiat Chrysler Automobilesと提携し、同社のプラグインハイブリッド・ミニバン「Pacifica」をベースに自動運転車の開発を始めた。100台のPacificaに自動運転技術を実装し試験走行を実行する。最近では白色のPacificaに黒字でGoogleとプリントされた車両を見ることがあり、両社の共同開発は動き始めている。しかし、ChryslerがGoogle自動運転車を製造するなど、踏み込んだ共同開発については何も語られていない。(下の写真はシリコンバレーで走行試験を重ねるGoogle自動運転車。)

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自動車メーカーが提携を躊躇する理由

Googleは他の自動車メーカーや自動車部品サプライヤーと自動運転技術に関する提携を模索しているといわれている。Urmsonが繰り返し表明してきたように、Googleは自社でクルマを製造する計画はない。Googleはあくまで自動運転技術の開発に集中し、クルマの製造は提携企業に委託する。しかし、自動車メーカーはクルマがEVに向かう中、Googleに製品の中枢部分であるソフトウェアを押さえられると、事業の主導権が奪われるとして危機感を示している。

更に、自動車メーカーは一挙に全自動運転にジャンプすることにも難色を示している。メーカーはTesla Autopilotのような半自動運転車を投入し、その後、時間をかけて完全自動運転車に進むロードマップを描いている。これに対してGoogleは、半自動運転車はクルマとドライバーの間で制御を渡すプロトコールが難しく、危険であるとのポジションを取る。これを「Hands-off Problem」と呼び、緊急の際にドライバーがとっさに運転を代わることは危険であるとしている。これがUrmsonの開発思想であり、この基本方針の元でチームをリードしてきた。

Googleは優位性を保てるか

Googleは2007年から自動運転技術の開発を始め9年が経過した。Urmsonは自動運転車を2019年に出荷するとの見通しを示した。しかし、初期モデルは走行できる地域が限定され、時間をかけて徐々にその範囲を広げる。最終モデルは30年後になるとも述べている。開発から12年で製品が出荷されるだけでなく、その後の見通しが立っていないことを意味している。

Googleが先行していた自動運転車は開発が難航していることが明らかになった。更に、メーカーでの自動運転技術開発が進み、その差は明らかに縮まっている。また、ベンチャー企業は高度な手法で自動運転技術を開発しており、Googleの地盤沈下が鮮明になっている。Thrunがチームを率いていた時と比べ、Urmsonの世代では新技術開発の勢いが鈍ったようにも感じる。(下の写真、Google自動運転車は夜間の走行試験を始めた。)

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会社経営陣と開発部門の意見の相違

Alphabet最高経営責任者Larry Pageは自動運転車を早く事業化することを求めている。Pageは製品出荷を急ぐようUrmsonに迫ったとされる。どんなやりとりがあったのかは公表されていないが、Pageは完全自動車の完成を待てばビジネスチャンスを逃してしまうとの危機感を持っている。半自動運転車として製品化することを強く求めたのかもしれない。これに対し、Urmsonは半自動運転車は危険であるとのポジションを崩していない。この開発方針の相違が今回の辞任につながったとの見方もある。会社トップは事業化を急ぎ、開発部門は納得できる製品の開発を固辞し、両者の関係が悪化した。Urmsonの記事はこのようなやり取りを暗示している。

ロボット開発でも同じ問題

Googleのロボット開発部門「Replicant」でも同じ問題を抱えている。GoogleはBoston Dynamicsを始め有力なロボット企業を立て続けに買収した。Alphabet経営陣は短期間でビジネス化することを求め、開発グループとの関係がこじれている。ReplicantトップのAndy Rubinは会社を去り、Boston Dynamicsは売りに出されているとの報道もある。自由闊達な開発環境がGoogleの魅力であったが、Alphabetに組織変更されてからは、ビジネスとしての収益構造を厳しく問われている。

自動運転車の進化を肌で感じる

Mountain ViewでGoogle自動運転車の走行試験を毎日見ていると、運転技術の進化を肌で感じる。2015年6月、Googleは自動運転車の路上試験を開始した。当初は、自動運転車と一緒に走行すると危険を感じることが少なくなかった。信号機のない交差点で自動運転車がフリーズし、戸惑ったこともある。その当時の自動運転車は、自動車学校の構内で運転している生徒のようにぎこちない運転であった。(下の写真は試験走行を開始したころのGoogle自動運転車。)

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それから一年たつと、自動運転車の運転技術は格段に向上した。並走して危険を感じることは少なくなり、人間に例えると仮免許を取って路上教習を受けている生徒のレベルになった。この進化には目を見張るものがあるが、まだ一人で運転できる技量までには至っていない。

自動運転技術でブレークスルーはあるか

このままトレーニングを続けると自動運転車が完成するのか大きな岐路に差し掛かっている。GoogleはLidar (レーザーレーダー) と光学カメラをクルマの眼として周囲のオブジェクトを把握する。これはSensor Fusionという手法で、異なるセンサーで捉えたイメージを使い、機械学習の手法でアルゴリズムを改良する。自動運転技術の標準技法になっているが、アルゴリズムを教育するために異なる環境で走行試験を繰り返す必要がある。このため開発には長い年月を要する。

市場では完全自動運転車を開発するためには別のアプローチが必要との意見も少なくない。AIで世界のトップを走るGoogleは、自動運転車に最新の研究成果を適用すると表明している。Googleの自動運転車開発は大きく動く可能性をはらんでいる。自動運転技術でブレークスルーが生まれるのかどうか、世界が注目している。

Software-Defined Human~遺伝子に潜むソフトウェアを読み解き寿命を延ばす、百歳まで健康に生きるための医療

Wednesday, August 3rd, 2016

ヒトはソフトウェアで定義される。遺伝子はヒトの基本ソフトとして稼働し、我々の身体特性を決定するコードを生成する。コードに従って身体が形作られ、また、病気が発症する。このメカニズムを解明すれば健康で長生きできるといわれてきた。いま、このコンセプトが現実のものとなり、健康に長生きするための医療サービスが登場した。

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健康に長生きできる医療技術

この技術を開発しているのはサンディエゴ近郊に拠点を置くベンチャー企業「Human Longevity, Inc. (HLI)」だ (上の写真)。HLIは社名が示す通り、遺伝子工学を応用し健康で長生するための医療を提供する。加齢をガンや心臓疾患より重大な病気と捉え、加齢を”治療”する医療技術を開発する。HLIの目的は病気を予防し個人に特化した治療を施すこと。今の医療は病気の治療に焦点が当てられているが、HLIは病気の発症を防ぐことを目的とする。個人がどんな病気を発症するのかを予測し、その病気を防ぐための医療サービスを提供する。

HLIはCraig VenterやPeter Diamandisらにより2013年に設立された。Venterは米国国家プロジェクトと競い合い、ヒトの遺伝子配列の解明に大きく寄与した人物である。Diamandisは「X Prize Foundation」を創設し、地球規模の課題の解明を目指している。

シークエンシング技術の進化

HLIがこの医療を提供できる背景にはテクノロジーの加速度的な進化がある。シークエンシング技術の進化で、ヒトの遺伝子の配列を短時間で低価格で解析できる。ヒトの遺伝子配列を解明する国家プロジェクト「Human Genome Project」は、13年の歳月と270億ドルで目標を達した。今では、ヒトの全遺伝子の配列を特定するための費用は1000ドル程度で、処理に要する時間は15分といわれる。更に、遺伝子配列という大規模なデータを処理するために最新の情報技術が使われる。Amazonクラウドやニューラルネットワークを含む機械学習がこれを支える。

近未来の人間ドック「Health Nucleus」

HLIは先進医療研究プラットフォーム「Health Nucleus」を設立した。Health Nucleusが健康長寿を実現するための医療サービスとなる。Health Nucleusは遺伝子解析や医療検査を通じ個人の身体情報を把握し、健康に生活するための医療サービスを提供する。Health Nucleusは近未来の人間ドックで、この施設で被験者の身体に関する包括的なデータを収集する。このデータをもとに被験者の身体像を構成し、健康に長生きできるための医療ロードマップを示す。(下の写真はHealth Nucleusの受付ロビー。)

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全遺伝子の配列を解明

Health Nucleusが採集する被験者のデータは遺伝子情報から身体情報まで多岐にわたる。遺伝子情報については被験者の全遺伝子の配列を検出する。遺伝子解析サービスの多くは限られた遺伝子だけを対象とするが、Health Nucleusは全ての遺伝子をカバーする。Health Nucleusは被験者の遺伝子を解析し、遺伝子の変異を見つけ、個人の特性を把握する。遺伝子配列の変異は身体特性 (目や髪の色など) を決定するだけでなく、病気の原因となり、病気を発症するリスク要因となる。

体内のバクテリアの解析

Health Nucleusは遺伝子情報だけでなく、身体に関する幅広い情報を採取する。ヒトの体内や表面には数兆個のバクテリアが生息している。これらバクテリアはMicrobiomeと呼ばれ、健康な生活を送るために欠かせない存在となる。Microbiomeはヒトの誕生とともに住みつき、免疫システムを作るなど重要な役割をになう。また、食物を消化吸収し、栄養素を生み出す。

Health NucleusはMicrobiomeのDNA配列を解析し、バクテリア種類を割り出す。この解析により、バクテリアの不均衡な状態 (Dysbiosisと呼ばれる) を把握する。Health NucleusはMicrobiomeの構成や機能が病気や健康な生活を送るためにどう影響するのかの研究を進めている。更に、病気を特定するためにMicrobiomeを使ったバイオマーカーを開発している。

メタボロームなど

メタボローム (Metabolome) とは体内の代謝物 (metabolites) の測定と解析を意味する。代謝物とは低分子化学物質を示し、糖、脂肪、ホルモンなどを指す。細胞内や消化器系のバクテリアが生成する物質などを含む。代謝物は人体の生理状態を示す直接的な情報となる。代謝物を解析することで生理状態の不均衡が分かり、病気の予兆を把握できる。

この他に医療イメージング技術が使われ、身体構造を細部にわたり詳細に把握する。Health Nucleusが開発した独自の手法で、神経系の分類、代謝解析、脳と首の血管系解析、及び、早期がんを検出する。

病院と連携して治療

Health Nucleusは検査結果を報告書としてまとめ被験者に提供する。これは身体に関する包括的な分析結果で500ページからなりiPadで提供される (下の写真)。これらのデータはウェブサイトでも閲覧できる。被験者個人が調査結果を解釈するには荷が重く、被験者の主治医と連携して治療や健康維持にあたる。Health Nucleusの医療チームは被験者の主治医と連携して、病気のリスクを解析し、健康状態をモニターしていく。

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Health Nucleusは2016年から運用を始めたばかりで、200人の検査を実施した。被験者の30%から新たな問題が見つかり、すぐに医療措置を取ることができたなど成果が報告されている。Health Nucleusの最終目的は被験者が健康に長生きすることで、その成果が出るのはまだ先になる。いまは限られたグループで試験運用を展開している段階にある。ただ、Health Nucleusの価格は25,000ドル (250万円) で受診者は一部の富裕層に限られる。HLIはHealth Nucleusに保険を適用できるよう保険会社と協議を重ねており、一般に普及するにはもう少し時間がかかる。

AstraZenecaとの共同研究

HLIは製薬会社大手AstraZenecaと提携し、遺伝子と病気の関係の解明を進めている。AstraZenecaは臨床試験で得た50万人のDNAをHLIに提供する。HLIはこれらDNAをシークエンシングし解析を実行する。サンプルから遺伝子変異のある被験者を数千人単位で抽出し、病気と治療薬の関係を解析する。HLIは遺伝子の中から特定のパターンを検出し、病気との関係を紐づけていく。

機械学習の手法で遺伝子解析

この解析作業は膨大な計算能力を必要とする。ヒトの遺伝子は2万個あるといわれている。健康に与える影響を理解するためには、2万個の遺伝子と、被験者の生活環境、行動、薬への反応、MRI検査結果、医療試験結果を比較する必要がある。ヒトの遺伝子を構成する塩基 (A、C、G、Tの四種類) の数は64億個で、これを被験者の身体特性や検査結果と比較するには大規模な計算環境が必要となる。遺伝子は一つの言語に匹敵するともいわれ、特定言語の自然言語解析で必要とされる技術レベルが遺伝子解析で求められる。

このためHLIはGoogleから機械学習の第一人者を採用した。この研究者はFranz Ochで、翻訳技術「Google Translate」の開発をリードしてきた。機械翻訳ではニューラルネットワークなど機械学習の手法が使われる。この技法をHLIにおける遺伝子と病気の解明に応用する。例えば、全遺伝子と脳のMRIイメージを機械学習の手法で比較することでアルツハイマー病の原因となる遺伝子変異を発見できるかもしれない。これにより、アルツハイマー病の進行を抑える薬の登場に期待が高まる。

長生きのためのロードマップ

Venterは100万人の遺伝子を解析することを目標にしている。遺伝子情報を被験者の医療履歴や医療検査結果と組み合わせ、効果的な治療法を見つけ、癌や心臓疾患など重篤な病気にかかるのを予防する方法を見つける。Venterは将来は全ての人が遺伝子を解析し、健康な生活ができることを目指している。このモデルがHealth Nucleusで、近未来の人間ドックのプロトタイプと位置づけられる。病気を予防することが、病気を治療することより大きな意味がある。

医療技術のブレークスルーとなるか

米国政府は1991年、Human Genome Projectを立ち上げ、ヒトの全遺伝子配列の解明を開始した。Venterらはヒトの遺伝子配列を最初に解明し、これをベースにベンチャー企業「Celera」を立ち上げた。国家プロジェクトと並行してCeleraがヒトの遺伝子配列を解明する研究を開始した。CeleraはHuman Genome Projectより早く低コストで遺伝子配列の解明ができるとしていた。しかし国家プロジェクトはCeleraよりわずかに早く解明に成功し、研究成果は一般に公開された。遺伝子配列で特許取得を目指したCeleraの株は急落し、Venterのイメージに陰りが出た。

しかし、Venterの手法や業績は高く評価され、米国の歴史に名を刻んでいる。Venterはその後も多くのベンチャーを立ち上げ遺伝子事業に携わってきた。HLIはチャレンジングな事業であるが、大手企業から大規模な出資を受け事業を進めている。医療技術のブレークスルーとなるのか、世界が注目している。