ヘッジファンドがAIトレーディングへ動く、FinTechの主戦場は人工知能

ヘッジファンドが人工知能を使った株式売買 (AIトレーディング) の本番運用を始めた。現在でも株取引に人工知能が使われるが、その成績は人間のトレーダーにかなわない。しかし、ヘッジファンドはAIベンチャーと共同で、数多くの仮想トレーダーが人間に代わり投資判断をするシステムを開発した。

ヘッジファンドの動向

この分野では取引手法が公開されることは稀であるが、投資銀行大手「JPMorgan Chase」のヘッジファンド部門が、AIトレーディングを導入したといわれている。ヘッジファンドは資産運用を目的とするが、富裕層や機関投資家から資金を募り、アグレッシブな手法で投資する。投資信託などと比較して、法規制の制約が小さく、投資判断で裁量の幅が広い。ヘッジファンドはリスクを取り、大きなリターンを目指す。このため、他社に先行して先端技術を取り入れる傾向にある。

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ヘッジファンドの投資手法

ヘッジファンドは二つの投資手法を使う。一つは「Discretionary Trading」と呼ばれ、ファンドマネジャーが自身のスキルで投資判断を下す。もう一つは「Systematic Trading」と呼ばれ、ファンド運用でコンピューターモデルを使う。Systematic Tradingは投資判断をアルゴリズムやシステムで実行する。大規模な統計モデルを構築し、市場の動きを予測する。具体的には、どの資産が値上がりするか、また、値下がりするかを予測し、これに応じて売買を判断する。

両者は際立った特徴がある。Discretionary Tradingはファンドマネジャーが適切に運用するとリターンが大きい。Systematic Tradingは、人間の感情が入り込まないため、安定した投資手法であが、その代わりリターンも大きくない。上のグラフがそれを示しており、2014年はSystematic TradingがDiscretionary Tradingのリターンを上回ったが、それ以外のケースではすべて下回っている。現在のアルゴリズムでは人間のトレーダーに勝てないことを示している。

世界最大規模の人工知能

しかしこの情勢が変わりつつある。Sentientはサンフランシスコに拠点を置くベンチャー企業で、大規模並列システムで人工知能ソフトウェアを稼働させる技術を開発した。同社は、Googleをしのぐ、世界最大規模の人工知能システムと主張する。Sentientは数十万台のコンピューターを連結し、仮想的に一台の巨大システムを構成する。これらのコンピューターは、データセンター、ゲームセンター、サービスプロバイダーの空き時間を利用する。Sentientはコンピューターを連結することで、最大100万コアを稼働させることができる。この並列システムはAdam Bebergにより開発された。Bebergは並列プロジェクト「Distributed.net」の創設者で、この技術は後に、地球外生命体探査研究「Seti@Home」で利用された。

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人工知能アルゴリズムの進化

Sentientのもう一つの特徴は人工知能アルゴリズムにある。これは「Evolutional Computation (EC)」と呼ばれる機械学習で、アルゴリズムは植物が進化するように、世代を重ねるごとに進化を遂げる。ECは、最初のステップで、数多くのアルゴリズム (これを「Agent」と呼ぶ) を生成する (上の写真左側)。Agentは与えられた問題に対する解法であるが、それぞれ少しだけアルゴリズムが異なる。次のステップでは、システムは教育データを使ってAgentを評価する (上の写真中央)。実際にデータを読み込ませ、その解を検証する。この中で成績のいいAgentが選ばれ、次のステップに進む。ここでは一握りのAgentだけが残り、ほとんどが消えることになる。

次のステップでは、選ばれたAgentをベースに次世代のAgentが生成される (上の写真右側)。この世代は、初代Agentの”遺伝子”を受け継ぎ、それを改良していく。このステップが100万回以上繰り返され、生物が進化するように、Agentも改良されていく。システムは問題解決に向け収斂していき、この進化のプロセスを大規模並列システムが支えることになる。

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アルゴリズムの進化を株取引に応用

この技法に着目したのが前述のJP Morgan Chaseだ。同社のヘッジファンド部門「Highbridge Capital Management」 (上の写真) は、SentientとAIトレーディングシステムを共同開発し、すでに2015年から運用している。システムは人間が関与することなく、自律的に稼働する。システムは投資戦略を立て、人間のトレーダーに投資の指示を出す。具体的には、銘柄を指定し、買いの指示を出す。その際に、購買条件や購買方法についても指定する。売りについても同様で、特定銘柄を示し、また、ポジションを下げるなどの指示を出す。

Sentientは株式投資で数多くの「仮想トレーダー」を生成する。この仮想トレーダーが上述のAgentにあたり、進化を繰り返し、成績を上げていく。具体的には、仮想トレーダーに過去の株式取引データを読み込ませ、その性能を測定する。成績のいい仮想トレーダーを選別し、そのアルゴリズムをもとに、次世代の仮想トレーダーを生成する。このプロセスを数千回繰り返す。このプロセスでは、仮想トレーダーは10の24乗 (1兆 x 1兆) 個以上生成される。最終的には、進化した仮想トレーダーが自律的に取引できるレベルとなる。このシステムがJP Morgan Chaseで運用されているが、運用成績などは公表されてなく、実態は闇に包まれている。

Deep Learningアルゴリズム

AIトレーディングの代表的な手法はDeep Learningを使ったアルゴリズムである。Deep Learningは写真や文章から特定のパターンを検出する能力が突出している。ツイートから株価に影響する特定の事象を検出し、それをもとに、投資判断を実行するシステムが開発されている。しかし、Deep Learningのアルゴリズムはコモディティーになり、多くの投資家がこの手法を採用し、差別化が難しくなってきたともいわれる。

これに対してSentientは、Deep Learningのパラメーターを最適化するだけでなく、ネットワーク・アーキテクチャー自体をも最適化することを目指している。この手法にも前述のEvolutional Computationを応用する。この手法は一般に「Neuroevolution」と呼ばれ、機械学習の一手法で、ニューラルネットワークを進化させる。生物が生成、変異、選択を繰り返し進化するように、アーキテクチャーも問題に対して進化する。この手法はまだ開発中で、その成果が注目されている。

常に進化が求められる

一方、AIトレーディングを株式市場に適用することに疑問を表明する人も少なくない。Neuroevolutionなどの手法を使い大きなリターンを得ることができても、他社がそのアイディアを模倣する危険性があるためだ。ヘッジファンドの多くが同じ手法を導入すると、利益を生みにくい構造となる。ちょうどHigh Frequency Trading (超高速取引) が幅広く普及し、一般的な手法では利益を生みにくい状況と似ている。株式売買では人工知能を含むコンピューター技術で不断の進化が求められる。

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