無人で走行するクルマはできるのか、 Google自動運転車開発最大の危機

Google自動運転車開発の総責任者Chris Urmsonは2016年8月、会社を離れた。ここ最近プロジェクトのキーマンが相次いでGoogleを離れており、トップのUrmsonが去ることで自動運転車開発は大きな打撃を受けた。辞任の背後には自動運転車の製品化で意見の相違があるとされる。Google自動運転車開発は最大の危機に直面した。

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UrmsonがGoogleを離れる

UrmsonはニュースサイトMediumに記事を投稿しGoogleを離れることを明らかにした。記事の中で自動運転技術開発を振り返り、Urmsonの開発思想を改めて明らかにした。Urmsonはカーネギメロン大学で研究者として自動運転技術の開発に携わってきた。2009年、Googleに加わり自動運転技術の開発に貢献してきた。2013年にプロジェクト創設者 Sebastian ThrunがGoogleを離れると、Urmsonが開発チームのトップとして開発をけん引した。(上の写真は博物館に展示されているGoogle自動運転車。)

Urmsonは記事のなかで自動運転車開発を選んだ理由を述べている。自身や仲間があえてこの開発に打ち込む理由は、人間が運転するより安全なクルマをつくり交通事故を減らすこと述べている。一方、Urmsonはプロジェクトを去る理由については何も語っていない。また、これからの計画についても白紙だとしている。しかし、今頃はAppleやUberなどからオファーを受けていることは確実で、自動車メーカーの力関係が変わる可能性を含んでいる。

自動車メーカーとの提携は進まない

Google自動運転車部門はUrmsonが組織の顔となっていたが、この部門のトップはJohn Krafcikである。Googleは2015年9月、最高経営責任者としてKrafcikを採用した。KrafcikはHyundaiの社長などを歴任した自動車業界のベテランで、Googleでは自動車メーカーとの提携を主務としている。Urmsonは技術開発の総責任者として役割を分担してきた。

2016年1月、GoogleはFordと提携して自動運転車事業を進めるとの報道があった。しかし、両社からは何も発表は無く、提携協議は難航しているとの見方が広がった。その後、Fordは自動運転車開発を強化するとの報道があり、両社の提携は難しいとみられている。

2016年5月には、GoogleはFiat Chrysler Automobilesと提携し、同社のプラグインハイブリッド・ミニバン「Pacifica」をベースに自動運転車の開発を始めた。100台のPacificaに自動運転技術を実装し試験走行を実行する。最近では白色のPacificaに黒字でGoogleとプリントされた車両を見ることがあり、両社の共同開発は動き始めている。しかし、ChryslerがGoogle自動運転車を製造するなど、踏み込んだ共同開発については何も語られていない。(下の写真はシリコンバレーで走行試験を重ねるGoogle自動運転車。)

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自動車メーカーが提携を躊躇する理由

Googleは他の自動車メーカーや自動車部品サプライヤーと自動運転技術に関する提携を模索しているといわれている。Urmsonが繰り返し表明してきたように、Googleは自社でクルマを製造する計画はない。Googleはあくまで自動運転技術の開発に集中し、クルマの製造は提携企業に委託する。しかし、自動車メーカーはクルマがEVに向かう中、Googleに製品の中枢部分であるソフトウェアを押さえられると、事業の主導権が奪われるとして危機感を示している。

更に、自動車メーカーは一挙に全自動運転にジャンプすることにも難色を示している。メーカーはTesla Autopilotのような半自動運転車を投入し、その後、時間をかけて完全自動運転車に進むロードマップを描いている。これに対してGoogleは、半自動運転車はクルマとドライバーの間で制御を渡すプロトコールが難しく、危険であるとのポジションを取る。これを「Hands-off Problem」と呼び、緊急の際にドライバーがとっさに運転を代わることは危険であるとしている。これがUrmsonの開発思想であり、この基本方針の元でチームをリードしてきた。

Googleは優位性を保てるか

Googleは2007年から自動運転技術の開発を始め9年が経過した。Urmsonは自動運転車を2019年に出荷するとの見通しを示した。しかし、初期モデルは走行できる地域が限定され、時間をかけて徐々にその範囲を広げる。最終モデルは30年後になるとも述べている。開発から12年で製品が出荷されるだけでなく、その後の見通しが立っていないことを意味している。

Googleが先行していた自動運転車は開発が難航していることが明らかになった。更に、メーカーでの自動運転技術開発が進み、その差は明らかに縮まっている。また、ベンチャー企業は高度な手法で自動運転技術を開発しており、Googleの地盤沈下が鮮明になっている。Thrunがチームを率いていた時と比べ、Urmsonの世代では新技術開発の勢いが鈍ったようにも感じる。(下の写真、Google自動運転車は夜間の走行試験を始めた。)

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会社経営陣と開発部門の意見の相違

Alphabet最高経営責任者Larry Pageは自動運転車を早く事業化することを求めている。Pageは製品出荷を急ぐようUrmsonに迫ったとされる。どんなやりとりがあったのかは公表されていないが、Pageは完全自動車の完成を待てばビジネスチャンスを逃してしまうとの危機感を持っている。半自動運転車として製品化することを強く求めたのかもしれない。これに対し、Urmsonは半自動運転車は危険であるとのポジションを崩していない。この開発方針の相違が今回の辞任につながったとの見方もある。会社トップは事業化を急ぎ、開発部門は納得できる製品の開発を固辞し、両者の関係が悪化した。Urmsonの記事はこのようなやり取りを暗示している。

ロボット開発でも同じ問題

Googleのロボット開発部門「Replicant」でも同じ問題を抱えている。GoogleはBoston Dynamicsを始め有力なロボット企業を立て続けに買収した。Alphabet経営陣は短期間でビジネス化することを求め、開発グループとの関係がこじれている。ReplicantトップのAndy Rubinは会社を去り、Boston Dynamicsは売りに出されているとの報道もある。自由闊達な開発環境がGoogleの魅力であったが、Alphabetに組織変更されてからは、ビジネスとしての収益構造を厳しく問われている。

自動運転車の進化を肌で感じる

Mountain ViewでGoogle自動運転車の走行試験を毎日見ていると、運転技術の進化を肌で感じる。2015年6月、Googleは自動運転車の路上試験を開始した。当初は、自動運転車と一緒に走行すると危険を感じることが少なくなかった。信号機のない交差点で自動運転車がフリーズし、戸惑ったこともある。その当時の自動運転車は、自動車学校の構内で運転している生徒のようにぎこちない運転であった。(下の写真は試験走行を開始したころのGoogle自動運転車。)

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それから一年たつと、自動運転車の運転技術は格段に向上した。並走して危険を感じることは少なくなり、人間に例えると仮免許を取って路上教習を受けている生徒のレベルになった。この進化には目を見張るものがあるが、まだ一人で運転できる技量までには至っていない。

自動運転技術でブレークスルーはあるか

このままトレーニングを続けると自動運転車が完成するのか大きな岐路に差し掛かっている。GoogleはLidar (レーザーレーダー) と光学カメラをクルマの眼として周囲のオブジェクトを把握する。これはSensor Fusionという手法で、異なるセンサーで捉えたイメージを使い、機械学習の手法でアルゴリズムを改良する。自動運転技術の標準技法になっているが、アルゴリズムを教育するために異なる環境で走行試験を繰り返す必要がある。このため開発には長い年月を要する。

市場では完全自動運転車を開発するためには別のアプローチが必要との意見も少なくない。AIで世界のトップを走るGoogleは、自動運転車に最新の研究成果を適用すると表明している。Googleの自動運転車開発は大きく動く可能性をはらんでいる。自動運転技術でブレークスルーが生まれるのかどうか、世界が注目している。

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