リオ五輪で選手を支えたウエアラブル ~ 脳科学を応用したヘッドセットで瞬発力アップ、電気的ドーピングとの声も

リオデジャネイロ五輪で米国チームは121個のメダルを獲得し、その活躍ぶりに社会は沸いた。メダルの半分以上を競泳と陸上で獲得し、選手層の厚さが再認識された。リオデジャネイロ五輪はスポーツテクノロジーの戦いでもあり、選手はハイテクデバイスでトレーニングを積んできた。

話題のトレーニングデバイス

リオデジャネイロ五輪が終わり、アスリートを支えたウエアラブルが話題になっている。いま注目を集めているのが「Halo Sport」というウエアラブルだ (上の写真)。これはサンフランシスコに拠点を置くベンチャー企業Halo Neuroscienceが開発したもので、ニューロサイエンスをトレーニングに応用する。Halo Sportはヘッドセットの形状で、これを頭に着装してトレーニングする (下の写真)。「Neuropriming」 (脳を刺激する) という手法を使い、アスリートの潜在能力を引き出す。Halo Sportを使うとスキルを早く習得でき、強い肉体をつくることができる。

脳を刺激する電気シグナル

アスリートはトレーニングを始める前に、又、トレーニング中にHalo Sportを使う。ウエアラブルに装着されているPrimer (上の写真、ヘッドセット内側の突起のあるデバイス) が脳のMotor Cortex (運動野) を刺激する電気シグナルを発する。この刺激によりシナプスなどの結合パスの組み換えが頻繁に起こり、神経系と筋肉を結ぶ回路が強化される。これにより、アスリートは正確な動きができ、瞬発力を得ることができる。このプロセスを「Neuropriming」と呼び、アスリートはその成果を短期間で得ることができる。

脳が持っているポテンシャルを引き出す

ヒトの脳は膨大な能力を持っているが、これらは活用されないまま眠っている。この潜在能力は「Neuroplasticity」と呼ばれる。ニューロンのパスを柔軟に変更することで、新しいものを学習する能力を発揮する。これが外国語や数学を学ぶ能力となる。アスリートにとっては、体の動きを学び、筋肉を強化する能力となる。トレーニング中にMotor Cortexを刺激すると、高速で学習できる状態「Hyperplasticity」となり、ニューロンのパスを通常より柔軟に繋ぎかえることができる。

リオデジャネイロ五輪

Halo Sportはベータ製品で、トップアスリートがこれを使い実証試験を進めている。リオデジャネイロ五輪では、選手がHalo Sportを使ってトレーニングを重ねてきた。米国では、陸上男子400メートルリレー走者のMike RodgersがHalo Sportを使っている。決勝で米国チームは三着でゴールし、テレビ中継は大きく盛り上がった。しかし、バトン受け渡しで違反があり、米国チームは失格となった。米国以外のアスリートも含め、4人がオリンピックに向けてHalo Sportでトレーニングを重ねてきた。

ピョンチャン冬季五輪

米国スキー協会「U.S. Ski & Snowboard Association」はスキージャンプでHalo Sportを取り入れたトレーニングを始めた。スキージャンプトのレーニングは期間が限られ、また、選手が怪我をするのを避けるため、Halo Sportの導入が決まった。既にトレーニング成果が公開されており、Halo Sportによりジャンプの踏切りパワーが13%向上したとしている。米国スキージャンプチームは2018年のピョンチャン冬季五輪に向けてトレーニングを続けている (下の写真)。

米国国防省がHalo Sportを導入

米国国防省もHalo Sportの効果に注目している。国防省長官Ash Carterは2016年7月、Defense Innovation Unit Experimental (DIUx) プログラムを発表した。DIUxとは国防省と民間企業を橋渡しするプログラムで、企業で開発している先進技術を国防省に取り入れることを目的とする。DIUxは15の先進技術を選び、その一つとしてHalo Sportの採用を決めた。Halo SportはSpecial Operations Command (テロ対策など特殊任務を遂行する部隊) で使われる。Halo Sportを使った軍事技術トレーニングで教育効果を検証する。

Transcranial Direct Current Stimulation

Halo Sportの方式は一般に「Transcranial Direct Current Stimulation (tDCS)」 と呼ばれる。tDCSとは脳皮に電極を付け、低電圧の直流電流を流し、脳の対象となる部分を刺激する方法を指す。tDCSは脳障害や精神疾患の患者を治療する方法として開発された。特にうつ病患者の治療で効果を上げている。一方、健常者が認識能力を向上する効果や、パーキンソン病患者が記憶力を回復する効果などは報告されていない。

学術的な検証を進める

Halo Sportの方式は学術的には検証されておらず、その効果を疑問視する研究者も少なくない。このためHalo Neuroscienceはトップアスリートと実証試験を進め、その効果を正式に公開するとしている。具体的には、実験結果を学術論文として公表しPeer Review (他の研究者による検証) を受ける予定である。tDCSのスポーツへの応用が実用段階に近づいていることを意味する。これを受け、Halo NeuroscienceはHalo Sportを一般消費者向けに販売することを計画している。(下の写真はHalo Sportのコンセプト。Halo Sportはアスリートの脳にチータのように走れと教育する。)

電気的ドーピングとの声も

Halo Sportはリオデジャネイロ五輪で注目を集め世界的に知名度が上がった。ロシアからはHalo Sportは電気的なドーピングであると批判的な声も聞かれる。ロシアは禁止薬物の使用で多くの選手が大会に出場できなかった。Halo Sportは脳への電気的な刺激で筋肉を強化するため、ドーピングのメカニズムに近いとロシアのメディアは主張する。tDCSとドーピングの関係につてはガイドラインは定められていない。今後、World Anti-Doping Agency (世界反ドーピング機関) はtDCSをどう評価するのか注視していく必要がある。今ではトレーニングに高度なテクノロジーを取り入れないと世界の舞台に立てない。同時に、どこに線を引くのかその判断が難しくなってきた。

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