サイバーセキュリティ崩壊、量子コンピュータが暗号化されたデータを解読する

米国政府はセキュリティに関して異例の警戒情報を発表。量子コンピュータが実用化されると現行の暗号化技術が破られると注意を喚起した。政府や企業は機密情報を暗号化して送受信するが、量子コンピュータが悪用されるとセキュリティが担保されなくなる。暗号化技術は全世界で使われており、量子コンピュータの登場でサイバーセキュリティの屋台骨が崩壊する。

出典: VentureClef

米国政府の報告書

サンフランシスコで開催されたセキュリティカンファレンス「RSA Conference」 (上の写真) で量子コンピュータと暗号化技術について議論された。NSA (アメリカ国家安全保障局) はこの危険性に関する報告書「Commercial National Security Suite and Quantum Computing FAQ」を公開し、量子コンピュータが暗号化技術に及ぼす脅威とその対応策について述べている。

量子コンピュータの脅威

米国政府は暗号化技術を標準化し、機密データを安全に扱うためには、これら標準アルゴリズムを使うことを推奨している。このため政府や民間システムで規格化された暗号化技術が幅広く使われている。しかし量子コンピュータの登場で、政府が推奨する暗号化アルゴリズムが破られ、安全にデータを管理することができなくなる。

問題点を指摘するが対策は無い

報告書は問題点を指摘するものの、これに代わるソリューションを示しているわけではない。米国では暗号化アルゴリズムはNIST (アメリカ国立標準技術研究所) が管轄する。NISTは米国の標準技術や規格の制定を通し、産業競争力を育成する任務を担っている。現在使われている暗号化技術はNISTが標準化し、米国だけでなく全世界で使われている。しかし、量子コンピュータに対応できる暗号化技術 (Post-Quantum Cryptographと呼ばれる) については解を示していない。NISTが主導して開発すると述べるに留まっている。

影響を受けるアルゴリズム

NSAが問題としているアルゴリズムはPublic-Key Cryptography (公開鍵暗号) と呼ばれる方式である。Public-Key CryptographyとはPublic Key (公開鍵) とPrivate Key (秘密鍵) のペアを使ってデータを安全に送受信する仕組みを指す。Public Keyでデータを暗号化して送信し、受信者はPrivate Keyでデータを復号化する。実装方式としてはRSA、ECC (Elliptic Curve Cryptography) 、Diffie-Hellmanの三つのアルゴリズムが対象となる。これらのアルゴリズムを搭載したシステムは量子コンピュータの登場で安全性が保障されなくなる。

生活への影響は甚大

Public-Key Cryptographyはインターネットで幅広く使われ、影響の範囲は我々の生活に及ぶ。オンラインバンキングで端末と銀行が交信する際はセキュアなプロトコール「HTTPS」が使われる (下の写真、Bank of Americaとの通信)。ログインIDやパスワードは暗号化プロトコールTransport Layer Security (TLS) で暗号化して送信される。仮に経路上で通信が第三者に盗聴されてもIDやパスワードは解読できない仕組みになっている。量子コンピュータの登場でこの安全性が崩壊し、世界のウェブ通信が危機にさらされることとなる。

出典: Bank of America

なぜ量子コンピュータは暗号化アルゴリズムを敗れるのか

量子コンピュータが暗号化アルゴリズムを破るメカニズムは、量子コンピュータが超高速で処理する能力があるだけでなく、その数学モデルと深い関係がある。量子コンピュータはどんなアプリでも処理できる訳ではなく、特定アルゴリズムだけを超高速で実行する。1994年、Bell Laboratoriesの研究員Peter Shorは、量子コンピュータで整数因数分解 (integer factorization) の問題を解くアルゴリズムを開発した。このアルゴリズムは「Shor’s Algorithm」と呼ばれ、暗号化技法の中心部である数学問題を解くことができるとして早くから課題が指摘されていた。

量子コンピュータの登場

その当時は量子コンピュータの研究開発は進むものの、実際に稼働するモデルについては疑問視されていた。更に、商用モデル登場までには長い年月を要すとみられ、Shor’s Algorithmの危険性は論理の世界に留まっていた。ここにきて、量子コンピュータの開発速度が上がり、危険性が現実のものになってきた。カナダ企業D-Waveは製品を出荷し、IBMはクラウド経由で量子コンピュータを提供している (下の写真)。GoogleやMicrosoftにおける量子コンピュータ研究も進んでいる。Shor’s Algorithmを解く能力を持つ量子コンピュータはまだ存在しないが、Public-Key Cryptographyの安全性が脅かされることが現実の問題となってきた。

出典: IBM Research

Googleが開発するNew Hope

これに対応するためにPost Quantum Cryptographyの開発が始まった。Googleもその一社で、量子コンピュータの登場に備えた暗号化アルゴリズムを発表した。これは「New Hope」と呼ばれ、ブラウザーとサーバ間の通信を安全に行う仕組みを提供する。上述「HTTPS」に代わる方式で、量子コンピュータでも解読できない方式でデータを暗号化する。この暗号化方式は「CECPQ1」と呼ばれ、Transport Layer SecurityにPost-Quantum Cryptographyを実装した構造となっている。これをChrome Canaryに実装し一般に公開された (下の写真、量子コンピュータが登場してもGoogle Playでのオンラインショッピングを安全に実行できる)。

出典: Google

ベンチャー企業の取り組み

RSA Conferenceではカナダのベンチャー企業「ISARA」が量子コンピュータ登場に備えたソリューションを紹介した。同社は既に政府や金融機関向けに製品を提供している。ISARAのAlexander Truskovskyによると、Post Quantum Cryptographyの問題はアルゴリズム開発だけでなく、システムインテグレーションの問題であるとも述べた。暗号化アルゴリズムはシステムの基幹技術でモジュールは様々な部分に散在している。それを確認したうえで古いモジュールを置き換えたり、新しいモジュールを併設するなどの作業が必要となる。2000年問題 (Y2K Problem) が発生したように、Post Quantum Cryptographyでも大規模なシステム改修作業が必要となる。

今から準備を始める必要がある

主要IT企業で量子コンピュータ開発が進んでいるが、実用に耐えるモデルはまだ登場していない。NSAは報告書の中で、なぜこのタイミングで問題点を公開したのかについて述べている。いま現在は公開鍵方式のアルゴリズムを破る能力の量子コンピュータは登場していない。一方、システム構築は数十年単位で設計する必要がある。過去の事例を見るとアルゴリズム導入には20年程度かかっている。このため、Post-Quantum Cryptographyに対応するには、今から準備を始めないと間に合わないと警告する。つまり、量子コンピュータが普及するのはもう少し先であるが、問題を理解してその対応を検討する時期が到来した。

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