Googleは量子技術を五年以内に商用化、量子コンピュータでトップの座を狙う

Googleは五年以内に量子コンピュータ技術を商用化することを明らかにした。Googleが開発している量子コンピュータはアナログ方式で、ここに独自に開発したデジタル技術を組み込み、ハイブリッド方式を構成する。量子コンピュータの本命はデジタル方式であるが登場までには時間がかかる。Googleはこのギャップをハイブリッド方式で埋める戦略を取る。

出典: Erik Lucero

量子コンピュータ技術を五年以内に商用化

Googleは2017年3月、量子コンピュータ技術を五年以内に商用化することを学術雑誌Natureに寄稿した。併せて量子コンピュータプロセッサを稼働させるハードウェア機構などを公開した。(上の写真、プロセッサは10 millikelvinまで冷却される。Millikelvinは絶対零度(摂氏マイナス273.15度)から0.001度の温度。)

デジタル方式開発は難しい

究極の量子コンピュータは「Digital Quantum Computer」と呼ばれ (デジタル方式と記載)、現行コンピュータのようにデジタルで動く。情報処理はデジタルが当たり前と思われるが量子コンピュータの世界は事情が違う。量子コンピュータがデジタルに稼働するには大きな障壁を超える必要がある。量子コンピュータの開発はエラーとの戦いでもある。量子コンピュータの基本単位Qubit (|0〉と|1〉と両者を同時に示すSuperpositionの状態を取る) は極めて不安定で微小なノイズで状態が変わり (これをDecoherenceと呼ぶ) エラーが起こる。デジタル方式の量子コンピュータを実現するにはシステムをノイズから保護しQubitを安定に保つ高度な技術が必要となる。

Googleはハイブリッド方式を目指す

このためデジタル方式の量子コンピュータを実現するまでには10年を要すといわれている。一方、アナログ方式の量子コンピュータは限られたタスクしか実行できないが、エラーに対する耐性は高い。Googleのアプローチはハイブリッド方式でアナログ方式の量子コンピュータ (Adiabatic Quantum Computer、後述) をデジタルな技術で補完する。Googleはこの技術を五年以内に製品化する。

ハイブリッド方式向けアプリ開発

Googleはハイブリッド方式というユニークな量子コンピュータで何を実現できるのか応用技術についても述べている。開発されたアプリケーションはそのまま事業で活用できる訳ではない。目的は「Heuristic Quantum Algorithms」の開発にある。Heuristicとは新規技法で近似解を開発する手法を指し、限られた機能を持つハイブリッド方式で量子アルゴリズムの開発を進める。本格的な量子コンピュータが登場するとこれら開発されたアルゴリズムが威力を発揮する。(Googleの量子コンピュータ研究はQuantum AI部門で進められる、下の写真。)

出典: Google

Simulation

アプリケーションでGoogleが注目している分野はSimulation、Optimization、及びSamplingである。Simulationとは量子コンピュータで化学反応や物質素材をモデル化してシミュレーションすることを指す。量子レベルまでのモデリングは現行コンピュータでは不可能で、ここが量子コンピュータが活躍できる分野とされる。量子コンピュータでモデル化することで様々な素材をマシンで精密に仮想実験することができる。飛行機向け化学繊維を強固にしたり、自動車向けには排ガス除去装置(触媒コンバータ)の効率を上げる。また、太陽発電セルの変換効率を上げることなどが期待される。

Optimization

Optimizationとは最適化の問題を量子コンピュータで解くことを指す。適用分野は広く消費者への商品推奨やオンライン広告の応札モデルなどで使われる。また、流通産業では物資の配送ルートの最適化で使われる。アナログ方式の量子コンピュータはOptimization Machineとも呼ばれこの分野がスイートスポットとなる。

Sampling

Samplingとは統計や機械学習で使われる手法で確率分散からデータを取り出す技法となる。Googleは実際に49 Qubit構成の量子コンピュータを使ってSamplingの研究を進めている。Googleは論文で量子コンピュータが現行スパコンでは実行できない問題を解決できたと報告している。これを「Quantum Supremacy」と呼び、量子コンピュータが現行スパコンの機能を本質的に上回ることを指す。

量子コンピュータをクラウドで提供

Googleは量子コンピュータをクラウドで提供する計画を明らかにした。これにより業界を跨って多くの企業が量子コンピュータを使うことができる。量子コンピュータ向けのアルゴリズムやアプリケーションの開発が進むことを目的とする。Googleはハイブリッド方式量子コンピュータに興味を持ってくれる研究者を増やし開発コミュニティの形成を目指している。(量子コンピュータはGoogle Cloud Platform (下の写真) で提供されるのか。)

出典: Google

ベンチャーキャピタルへの呼びかけ

Googleはベンチャーキャピタルにも働きかけている。ベンチャーキャピタルはデジタル方式の量子コンピュータ技術を中心に投資を進めている。これに対しGoogleはハイブリッド方式への投資の意義を説いている。究極の量子コンピュータはデジタル方式であるが、Googleの技術はそのギャップを埋めるもので、投資対象としても魅力があるとアピールする。Googleの戦略はTeslaのように最初からEVを投入するのではなく、Toyotaのようにハイブリッド方式で新たな市場を形成することを目指している。

Quantum AI Laboratoryを設立

Googleは2009年からカナダのベンチャー企業D-Waveが開発した量子コンピュータを使って研究を進めてきた。2013年、GoogleはNASAと共同で量子コンピュータ研究所「Quantum Artificial Intelligence Lab (QuAIL)」を設立した (下の写真)。量子コンピュータで機械学習や最適化技法を開発することを目的とし、研究所はシリコンバレーのNASA Ames Research Centerに設立された。

出典: NASA

量子アルゴリズムで宇宙開発

QuAILは2013年5月、量子コンピュータ「D-Wave Two」を導入した。D-WaveのマシンはQuantum Annealing (後述) というアナログ方式の量子コンピュータでOptimizationの研究を中心にプロジェクトが進められた。NASAは量子アルゴリズムを使い宇宙開発におけるOptimizationを現行スパコンより高速に実行することを目的とした。更に、QuAILは2017年3月、最新モデルである「D-Wave 2000Q」を導入することを発表した。

独自の量子コンピュータ開発に着手

GoogleはD-Waveを使って量子コンピュータの研究を進めると同時に、独自の量子コンピュータ技術の開発に乗り出した。2014年9月、UC Santa Barbara (カリフォルニア大学サンタバーバラ校) 教授John MartinisをGoogleに招へいし、量子コンピュータハードウェア研究部門を設立した。Martinis教授は物理学部で量子コンピュータチップを開発しており、それをD-Waveに実装してシステムを構築する。

D-Wave評価は芳しくなかった

その当時、D-Waveが開発した量子コンピュータに関しアカデミアを中心に疑問の声が高まっていた。そもそもD-Waveは本当に量子コンピュータであるのかという本質的な議論が交わされた。D-Wave Twoをベンチマークするとマシンは確かに量子効果を生成しているが、これが性能アップに寄与しているかについて疑問が持たれていた。GoogleはD-Wave Twoを綿密に検証することで問題点や特性を把握し、これが今の量子コンピュータ開発に生かされている。またGoogleはD-Waveを再評価し高いベンチマーク結果などを公表している。

Martinis教授のD-Wave評価

Martinis教授も疑問を抱いていた研究者の一人でD-Wave Twoの評価を実施しレポートを公開した。報告書はD-Wave Twoはラップトップの性能を上回るものではないと結論づけ厳しい評価になっている。その後Martinis教授はGoogleに加わり量子コンピュータ技術の研究を進めることとなった。自身が開発している量子チップをD-Waveに実装しハイブリッド方式で性能改善を目指している。

5つのQubitで構成されるプロセッサ

Martinis教授は量子コンピュータが安定して稼働できる技術をテーマに研究を進めている。Googleに加わる前、Martinisのチームは2014年4月、5つのQubitで構成されるプロセッサを開発しNatureに論文として発表した。これは「Josephson Quantum Processor」と呼ばれる量子コンピュータチップで、サファイア基盤にアルミニウム回路を蒸着した形状となっている。(下の写真、四角い部分がチップで回路の+状の部分がQubit。これは「Xmon Transmon Qubit」と呼ばれる。)

出典: Martinis Group @ University of California, Santa Barbara

エラー補正機能を持つQubit

2015年5月には、Martinis教授を中心とする研究部門は9つのQubitで構成される量子チップを発表した (下の写真、中央部の+状の分部がQubit)。これは超電導量子回路で構成されエラーを補正する機能を持つ。Natureに掲載された論文「State preservation by repetitive error detection in a superconducting quantum circuit」で明らかにした。Qubit開発ではエラーの検知とエラーの補正が極めて難しい。Qubitは不安定で環境変化やノイズでQubitの状態が変わりエラーが発生する。この問題に対処するためQuantum Error Correction (QEC) という機能がプロセッサに実装されエラーを検出しエラー発生を抑えることができるようになった (後述)。

出典: Martinis Group @ University of California, Santa Barbara

アナログ方式をデジタル方式で補完

2016年6月、Googleハードウェア研究部門は「Digitized adiabatic quantum computing with a superconducting circuit」という論文を公開し、アナログ方式の量子コンピュータにデジタル技術を統合しアナログ方式の弱点を補完する方式を発表した。アナログ方式とはAdiabatic Quantum Computing (後述) を指し、デジタル方式とは個々のQubitを操作する技術 (後述) を指す。これによりハイブリッド方式の量子コンピュータを構成し個々のQubitを操作できる。

インテルのビジネスモデルを踏襲

GoogleはD-Waveを使って量子コンピュータの研究を始め基礎技術を学んできた。その後GoogleはMartinis教授を中心に独自の量子チップを開発しD-Waveシステムに搭載して稼働させている。Adiabatic Quantum Computingというアナログ手法を使うものの、デジタル制御できる量子チップを開発し量子コンピュータのハイブリッド方式を提唱している。Googleは独自の手法で量子チップの開発を進めインテルのビジネスモデルを踏襲しているようにも思える。

Googleのチャレンジ

ハイブリッド方式の量子コンピュータは初めての試みで実用に耐えるシステムができるかが問われている。Googleは自社だけでこれを進めるのではなく新興企業の活躍を期待している。Googleは多くの新興企業がハイブリッド方式に興味を示し、ここからイノベーションが生まれることを期待している。研究者の多くはアナログ方式に対して懐疑的であるが、Googleはこれを改良することで道は開けるとしている。壮大な挑戦で果たしてブレークスルーはあるのか関心が集まっている。

IBMがデジタル方式量子コンピュータを発表

Googleが量子コンピュータ技術商用化を発表した直後、IBMはデジタル方式の量子コンピュータ「Q」を数年以内に出荷すると発表した。IBMはこれを汎用量子コンピュータ (Universal Quantum Computer) と位置づけ、マシンをデジタル制御し汎用的にタスクを実行する。当初、このモデルの出荷は10年先と見られていたがIBMはスケジュールを大幅に前倒しした。

Googleが一気にトップの座を狙う

IBMが大きく先行している量子コンピュータ技術であるが、Googleがこれに挑戦する構図となっている。Googleにとって量子コンピュータ開発はゼロからの出発でハンディキャップは余りにも大きい。AIや自動運転車開発でGoogleはゼロから出発したが買収や型破りな技術力で今では世界のトップを走っている。Googleは量子コンピュータ開発でも同じ手法を使い一気にトップの座を狙うものとみられる。量子コンピュータ開発レースが白熱した展開になり技術進化が爆発的に進む勢いとなってきた。


参考情報:Qubitのエラー補正は難しい

Quantum Error Correction (QEC) という機能がプロセッサに実装されエラーを検出しエラー発生を抑えることができるようになった。QECで「Measurement Qubit」 (測定専用Qubit、下の写真で緑色の+状の分部) を導入し「Data Qubit」 (演算用Qubit、下の写真で青色の+状の分部) の状態を把握しエラーを検出する。

出典: Google

Qubitでエラーの検出が難しい理由はQubitを直接観察して状態を把握することができないため。Qubitを計測するとEntanglementとSuperpositionの状態が消失し、|0〉または|1〉のバイナリーな状態に戻ってしまう。このためMartinis教授はMeasurement Qubitという測定専用のQubitを導入した。Measurement QubitとData QubitをEntanglementの状態にして観測する。そうするとMeasurement Qubitの状態を見ればData Qubitを読み出さなくてもその状態が分かる。

参考情報:Adiabatic Quantum Computingとは

Adiabatic Quantum Computingとはアナログ方式の量子コンピュータでエネルギーレベルを変えながら最小値を見つける手法を指す。プログラミングの観点からは初期化されたQubit (Superpositionの状態) のグループに条件を指定し (Qubitのスピン方向と結合状態で定義する)エネルギーレベルを上下する操作を行う。そうするとQubitは初期状態(Superposition)から最終状態 (|0〉または|1〉のバイナリー) に移り、エネルギーの低い状態で安定する。この時のQubitの組み合わせが答えとなる (下の写真、求める解はエネルギー状態 (Hamiltonian) として定義する)。

出典: D-Wave

ただし、通常のコンピュータのように答えは一つ (Deterministic Model) ではなく、多くの答えを示す (Probabilistic Model)。エネルギーレベルを変えて解を見つける方式をAnnealingと呼ぶ。その中でエネルギーレベルの変異を緩やかに行う手法をAdiabaticと呼ぶ。Adiabatic Quantum Computingとはこの手法で解を見つける量子コンピュータを指す。

参考情報:Qubitをデジタル制御する仕組み

Adiabatic Quantum Computingでタスクを解くためにはQubit間での連結が必要となる。しかし、Googleハードウェア研究部門が開発している量子チップは隣り合うQubitと連携ができるだけ。この制約を補完するためにMartinis教授らはQubitをデジタルに制御してQubit間で連携できる範囲を広げた (下の写真、球体がQubitで矢印はスピンの方向と強さを示す)。個々のQubitを磁場で制御して隣り合ったQubitの方向を合わせ (ferromagnetic link、下の写真の赤色+)、また、方向を反対にする(antiferromagnetic link、下の写真の水色+)操作をする。この方式で物理的にQubitの方向やQubit間の繋がり強度を操作できる。この量子チップをD-Waveのマシンに搭載しアナログ方式の弱点を補完するハイブリッド方式を開発する。

出典: Google

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