MicrosoftはDNAで記憶素子を生成、遺伝子にデータを保存する仕組みとは

June 23rd, 2017

Microsoft Researchは記憶素子としてDNAを使う研究を進めている。DNAで記憶装置を作りここにデータベースやビデオ映像を記録する。DNAを記憶装置に利用する理由はデータを高密度に格納できるため。MicrosoftはDNA記憶装置をデータセンターに設置する計画も明らかにした。

出典: Microsoft

DNA素子にデータを格納することに成功

Microsoft ResearchはDNAを単位とする記憶素子にデータを格納しそれを読みだすことに成功したと発表した。DNAにビデオ映像などを格納し、それをエラー無く読み出しビデオを再生することができた。データ容量は200MBでビデオ映像の他にデータベースなどが含まれている。この実験は昨年実施されたが、今年に入り研究詳細が論文「Scaling up DNA data storage and random access retrieval」として発表された。

DNAが注目される理由

記憶素子としてDNAが注目されているのはその記憶密度にある。DNAに高密度でデータを格納でき、インターネット上のすべての情報を広辞苑一冊程度の大きさに収納できるとされる。Microsoftは研究成果を元にDNA記憶装置を開発し、数年後にはデータセンターに設置して運用する計画だ。これはプロトタイプとして位置づけられ、Microsoftが自ら次世代ストレージ開発に乗り出すことになる。

現在の記憶媒体が物理限界に近づいている

記憶素子としてDNAが注目されるもう一つの理由は現在の記憶媒体が物理限界に近づいていることがある。長期保存の記憶媒体には光学ディスクやハードディスクなどが使われる。またフラッシュメモリ(SSD)なども使われる。しかし記憶密度は1平方ミリメートルあたり10GB (10^10 B) で物理的な限界に近付きつつある (ハードディスクの場合)。これに対しMicrosoftが開発したDNAは記憶密度が1平方ミリメートルあたり10の18乗バイト (10^18 B) で1億倍高い。記憶密度が格段に高くなり次世代の記憶素子として注目を集めている。

長期の保存が可能になる

また、DNAを記憶素子として使うことで長期の保存が可能になる。DNAはシリコンと異なり柔らかく崩れやすいイメージがあるが、DNAを低温・低湿度で保存すると経年劣化が極めて小さい。事実、マンモスの化石からDNAを取り出し遺伝子配列を読み出すことができるように、数十万年前の情報が正確に保持される。(下の写真、マンモスのDNAからマンモスを再生するプロジェクトが進んでいる。) また、フロッピーディスクやカセットテープは読み出し装置の製造が中止さると使えなくなる。しかし、DNAの読み出し装置 (DNA Sequencer) は人間が存在する限り必要で長期レンジで利用できる。

出典: Wikipedia / Royal BC Museum

DNAメモリー素子の仕組み

DNAを記憶媒体にするロジックはシンプルである。しかし、それを実際に実行するには高度な技術を必要とする。DNAをメモリーとして使うには情報2ビットをDNAを構成する塩基 (A, G, T, C) にエンコードする:

00 ➡ A

01 ➡ G

10 ➡ T

11 ➡ C

つまりA (adenine) は00を意味し、G (guanine)は01を意味し、AGは0001となる。ビデオ映像などのデータは0と1で構成されるが、これをAとGとTとCの組み合わせに置き換える。現在の記憶装置は2ビットで稼働するがDNA素子は4ビットで構成されるメモリ素子となる。

ランダムアクセス・メモリ

DNA記憶素子は論理的にはランダムアクセス・メモリ (Random Access Memory) として機能する。パソコンで使われるSRAMやDRAMに相当する。記憶する情報の基本単位(レコード)を定義し、ここにIDやアドレスやペイロードを設定する。情報を書き込むときこの構成のDNAを生成する。このプロセスはDNA Synthesisと呼ばれ、DNAの塩基を特定の配列に組み上げる。今では多くのベンチャー企業が登場しDNA Synthesis技術が高度に進化している。

データ読み出し方法

生成されたDNAは容器 (DNA Pool、下の写真) に入れて保存される。DNAを読み出す際にはDNA読み出し装置 ( DNA Sequencer) を使う。遺伝子解析の時と同じ要領で、容器の中のDNA配列を読み出す。これはSRAMに記録されたデータを読み出す方式に似ており、データにランダムにアクセスし、IDやアドレスをキーに論理ファイルを組み上げていく。

出典: Lee Organick et al.

DNA生成速度とコストが課題

遺伝子解析の進化でDNA読み出し技術は急成長し、Illumina社などから製品が提供されている。かつては人の全遺伝子解析ではコストが27億ドルとされたが、今ではこれが1000ドル程度でできる。一方、課題はDNA生成のプロセスで、如何に高速でDNAを生成できるかがカギになる。DNAという生物体を生成するため時間がかかりコストも大きい。現在、DNA生成速度は毎秒400 バイトで200MB生成するためには80万ドルかかると推定される。商用化にはDNA生成の速度を上げ価格を下げるためのブレークスルーが必要となる。

合成生物学の進化

DNAを編集して記憶素子を生成するだけでなく、編集したDNAを微生物に組み込んで新しいマテリアルを生成する技術が急速に進化している。これはSynthetic Biology (合成生物学) と呼ばれ、新薬の開発や新素材の合成に応用されている。従来のBiologyと最新のITが融合し新しい産業が生まれている。

FacebookのBrain-Typing研究、脳から直接コンピュータに文字を入力

June 16th, 2017

Facebookは脳の情報を出力する研究を進めている。これは「Brain-Typing」と呼ばれ、頭で思うだけで文字を出力する。今はデバイスを操作する時に音声で指示するが、この技術が完成すると声に出さなくても頭で思うだけで操作できる。究極のインターフェイスでデバイスと意思疎通ができ生活が劇的に変わる。

出典: Facebook

ブレインインターフェイスを開発

Facebookは開発者会議「F8」でブレインインターフェイスを開発していることを発表し、このプロジェクトの存在を明らかにした (上の写真)。これはRegina Duganが主導するプロジェクトで、脳の情報を出力する技術や皮膚経由で情報を入力する技術を公開した。DuganはDARPA (アメリカ国防高等研究計画局) で長官を務め先進技術の開発に寄与してきた。その後、Googleに移りATAP (Advanced Technology and Projects、社内インキュベータ) 部門を創設した。ここでTango (拡張現実技術) やProject Ara (モジュール方式スマホ) が生まれた。

毎分100語の早さで出力する

ブレインインターフェイスには様々な方式があり多くの研究機関が取り組んでいる。医療分野ではデバイスを脳にインプラントし会話を実現する方式が研究されている。Facebookは一般消費者を対象にしており、非侵襲性 (Non-Invasive) のデバイスで脳の情報を出力する方式を目指す。頭で思ったことを毎分100語の早さで出力する性能を目標とする。これは一般にBrain-Typingと呼ばれ光学的な手法で実現する。研究チームは60人体制で、Optical Neuroimaging (脳のニューロンの構造を光学的に解明する技法) 研究者を中心に構成されている。

Optical Neuroimagingとは

Optical NeuroimagingとはLEDやレーザーを使い大脳皮質 (cerebral cortex) から発信されるシグナルを受信して解析する手法を指す。具体的には近赤外線を頭皮表面に照射し、その反射波を測定し脳機能をマッピングする。頭皮上に光源とセンサーをあてて、CTスキャンのように脳内構造を3Dで把握する。

脳内のヘモグロビン量を測定

これ以上の説明は無かったがOptical Neuroimagingは脳内のヘモグロビン (血液) の量を測定することでニューロンの活動量を把握する。ヘモグロビン (Oxy-HbとDeoxy-Hb) と脳の活動はニューロンの酸素消費量を通し相関関係があることが分かっている。近赤外線を頭皮表面に照射すると光は頭皮を通過し脳に届く。脳内のヘモグロビンがPhoton (光子) の束を吸収し、その反射波をセンサーで読み取るとニューロンの活動状態が分かる。明るい光源に手をかざすと血液が近赤外線を吸収し指が赤く見える原理を応用している。

現行技術からの大きな飛躍

Optical NeuroimagingをALSなど運動系に障害がある患者に適用し意思疎通を行う研究が進められている。最新の事例ではALS患者がYes/Noの意思表示ができたとの報告がある。この技法は医療分野での研究が先行している。Facebookはこの手法を消費者向けのインターフェイスとして利用する。Yes/Noのバイナリーなシグナルを読み取る技術から、毎分100語の早さで出力する技術にジャンプすることになる。このためにはニューロンの状態を毎秒数百回サンプリングする必要があるといわれ、極めて高度な技術を必要とする。

出典: Facebook

仮想現実や拡張現実などで利用する

Facebookはこの技術をタイピングだけでなく、メッセージを伝える手段として開発している。仮想現実や拡張現実などで利用することを想定している。例えば、スマートグラスを使った拡張現実では、利用者はデバイスに語り掛けるのではなく思うだけで情報を入力できる。スマートグラスがアイスクリームを認識し「ランニング距離を2マイル伸ばしますか?」と問いかけると (上の写真)、これに対して利用者は頭で思うだけで声を出さないで返答を入力できる。満員電車の中でも周りを気兼ねすることなくスマートグラスを操作できることになる。Facebookはこのシステムを数年のうちに実現するとしている。

多くの疑問が未回答のまま

Brain-Typingは理想のインターフェイスであるが、Duganの説明に対して医学界から疑問の声が上がっているのも事実。Optical Neuroimaging手法について具体的な説明はなく、多くの疑問が未回答のままとなっている。現在はデバイスを脳にインプラントする方式が主流であるが、それでも出力精度は40-50%に留まる。これに対して頭皮からシグナルを読み取る方式は精度が悪く、Facebookのブレークスルー技術は何なのか疑問の声が寄せられている。

Building 8

FacebookはMoonshotと呼ばれる先進技術を「Building 8」で開発している(下の写真)。これはGoogle Xに相当する先進技術研究所でコミュニケーションを促進するハードウェアデバイスの開発が進められている。Brain-Typingプロジェクトは2016年10月頃から始まり二年間の研究期間が与えられている。二年後に研究結果をレビューしプロジェクトを継続するかどうかが決まる。

出典: Facebook

人とマシンの関係が根本から変わる

消費者向け製品では頭皮から電気シグナル (Electroencephalography、脳波) を読み取り利用者の意図を把握する方式が中心となっている。大量のノイズの中から対象シグナルを検知するのが課題で、単純な操作に限定して使われている。多くの企業から製品が出荷され、ゲームやリラクゼーションなどで利用されている。Facebookの方式はヘモグロビン量からニューロンの活動を読み解くもので現行技術から大きな飛躍になる。これが本当に実現できれば恩恵は計り知れない。健常者と非健常者ともに人とマシンの関係が根本から変わる。

パリ協定離脱の真相はブレインの不在、トランプ政権の危うい科学技術政策

June 9th, 2017

トランプ大統領はパリ協定から離脱することを発表し (下の写真) 混乱が広がっている。大統領は離脱の理由をアメリカ経済を優先するためと説明した。しかし、脱退の狙いはトランプ支持者にアピールし支持基盤を固めるためといわれている。問題の根は深く地球温暖化対策だけでなく、トランプ政権の科学技術政策も危うい状況にある。

出典: The White House

ホワイトハウスで混乱が続く

トランプ大統領が就任して以来、ホワイトハウスで混乱が続いている。科学技術分野に関してはOffice of Science and Technology Policy (OSTP、アメリカ合衆国科学技術政策局) のポストが空席のままである。OSTPとは大統領の科学技術政策に関するブレインで、その長官は米国政府のCTOと呼ばれている。トランプ政権では科学技術政策を立案するためのアドバイザーがいない状態が続いている。

大統領はホワイトハウスの機能を信用していない

OSTPはホワイトハウスの組織で1976年、フォード政権時代にアメリカ議会により設立された。OSTPの使命は大統領が政策を立案する際に科学的な見地からアドバイスすること。OSTP長官は連邦政府のCTOとして認識され、大統領の科学技術政策や予算政策を支援してきた。オバマ政権ではJohn HoldrenがOSTP長官を務め、がん研究や脳解明プロジェクトなどの科学技術政策を支えてきた (下の写真)。現在OSTP長官は指名されておらず空席であるが、その理由はトランプ大統領がホワイトハウスの機能を信用していないためとされる。

出典: The White House

シンクタンクにアドバイスを求める

トランプ大統領は政策のアドバイスをホワイトハウスではなく外部シンクタンクに求めている。その一つが「Heritage Foundation」という保守系シンクタンクだ (下の写真)。Heritage Foundationは1973年に設立され共和党の政策立案に大きな影響を与えてきた。レーガン大統領は政府組織を縮小し小さな政治を目指したが、その政策基盤はHeritage Foundationの思想がベースになっている。

パリ協定についてのアドバイス

トランプ大統領は選挙期間中もHeritage Foundationからアドバイスを受けた。地球温暖化問題に関してもアドバイスを受け、選挙公約としてパリ協定脱退を表明していた。その根拠は「パリ協定に参加すると米国のエネルギーコストが上昇し、雇用が失われ、家庭の負担が2万ドル増える」というHeritage  Foundationの試算にある。

最終判断に大きな影響

Heritage Foundationは同時に、パリ協定を脱退することを支持層にアピールし、公約を実行する姿勢を示すべきとトランプ大統領にアドバイスした。トランプ大統領の最終決断はこのアドバイスが大きく影響し、科学的見地からではなく、Populism (中間層へのアピール) を選択したという解釈が広がっている。Heritage Foundationはこの成果を「Heritage Research Impacts Trump’s Decision to Withdraw From Paris Climate Deal (Heritageの研究が離脱の決断をもたらした)」という記事で公開しその成果を広くアピールしている。

バランスの問題

パリ協定以外に科学技術政策全般にわたりOSTPの機能が使われていない。OSTPという行政府組織ではなく特定方向に強い意見を持つシンクタンクのアドバイスを受け入れている。大統領がシンクタンクに意見を求めるのは常套手段であるが、行政府の機能を飛び越し特定のシンクタンクの意見だけで政策が立案されるのはバランスを欠いている。

政策に大きな影響を与えてきた

一方、Heritage  Foundationは連邦政府の政策に大きな影響を与えてきたことも事実である。オバマ政権下では共和党向けに医療保険制度改革 (オバマケア) に反対する根拠を立案し、法案成立後はオバマケアを置き換える運動を展開した。これがTea Party運動となり連邦議会で共和党が躍進する後ろ盾になった。ブッシュ政権ではAnti-Ballistic Missile Treaty (弾道弾迎撃ミサイル制限条約) を破棄し防衛力強化を進めた。ロシアとの友好関係が崩れ再び冷戦時代に向かうことになった。

出典: Heritage Foundation

大統領予算教書

予算教書 (Budget Proposal) も科学技術政策に関するブレイン不在で立案された。トランプ大統領は就任後初となる予算教書を公開した。公約通り連邦政府各省庁の予算が大幅に削減された。Environmental Protection Agency (環境保護庁) とDepartment of Agriculture (農務省) の予算は30%削減され、反対に国防費と治安関連費は大規模に増額された。

科学技術関連予算が大幅に削減された

予算教書の中では科学技術関連予算が大幅に削減された。National Institutes of Health(NIH、国立衛生研究所)は医療技術の研究拠点で先進治療法が開発されている。NIHの予算は18%削減され医療技術研究に大きな影響がでると懸念されている。National Cancer Instituteはガン治療先進技術開発プロジェクト (Moonshot Project) を運用しているが継続できない可能性がでてきた。また、オバマ大統領が始めたヒトの脳を解明する研究「Brain Initiative」の予算が削減されプロジェクト規模が縮小される。この研究がアルツハイマー病の治療や人間レベルのAI開発につながると期待されていただけに先行きが見通せない。

NASAの予算は確保された

一方、NASAの予算は1%程度の削減で現行プロジェクトが継続される。NASAの研究は地球を対象としたものからDeep-Space Explorationと呼ばれる月探査や火星探査が中心となる。最終目的は太陽系システムで人が生活することを目指し、当初の計画通り、海外の国々と協力してプロジェクトが進められる見通しとなった。ただし、予算は議会の承認を経て成立するため今後の審議に注目していく必要がある。

トランプ大統領の政策とは独立に対策が進む

連邦政府の方針とは独立にカリフォルニア州やハワイ州などは独自で地球温暖化防止政策を推進している。カリフォルニア州は中国や欧州と連携し連邦政府に代わり温暖化対策を進め、パリ協定離脱の影響を最小限にとどめる姿勢を取っている。カリフォルニア州知事Jerry Brownは中国Xi Jinping (習近平) 大統領と会談しクリーン技術開発を進めている。中国は温暖化問題についてカリフォルニア州など州政府と協調する姿勢を示している。

出典: www.WeAreStillIn.com

パリ協定離脱に反対する署名活動

トランプ大統領のパリ協定離脱に反対する署名活動はいまも続いている (上の写真)。反対の意を表明するだけではなく、パリ協定を離脱するものの地方政府、大学、企業は地球温暖化対策を継続して進めるという決意を世界に向けて表明する意図がある。5千団体から署名が集まり大きな流れとなっている。パリ協定離脱後もアメリカ社会の地球温暖化防止の意識は高く努力が続いている。

Apple HomePodは音楽ファースト、僕らのSiriは何処に行った?

June 5th, 2017

Appleは2017年6月、世界開発者会議でスマートスピーカー「HomePod」を発表した (下の写真)。AppleはHomePodを高機能スピーカーと位置づけ音楽ビジネスを拡大する。市場はSiriを前面に押し出したAIスピーカーを投入すると予想していただけに、新製品を歓迎する空気とともに失望感も漂った。

出典: Apple

Rock the House:家を揺らす

AppleはHomePodを音声で操作できる高性能スピーカーとして製品化した。価格は349ドルと強気の設定となっている。HomePodは音楽ライブラリーApple Musicと連携し、幅広いジャンルの音楽をストリーミングする。デバイスには7基のツイーターと1基のウーファーが搭載され、音声入力のために6基のマイクを備えている。HomePodの頭脳はA8チップでiPhoneのCPUがスピーカーを制御する。これらがメッシュのケースに格納され、ハイパワーの音響が家を揺らす。

Spatial Awareness:空間構造を認識する

部屋の中に置いて使うが、HomePodは置かれた場所の音響環境 (部屋の形状や家具など) を理解する。それに合わせて最適なサウンドを最適な方向に発信する (下の写真)。音響は「Center Vocals (メインボーカル)」、「Direct Energy (伴奏音響)」、「Ambient Energy (背景音響)」から構成され、これらを音響環境に合わせて組み合わせ出力する。ライブ会場を部屋の中に構築したように、それぞれのサウンドをバランスよく楽しめる。

Musicologist:音楽の大家

Apple Musicから音楽をストリーミングするが、HomePodは利用者の嗜好を把握し、それに沿った音楽を選択する。HomePodに言葉で指示したり質問を投げかけることができる。「Play I’m Poppy」と指示すると人気歌手Poppyの今年のヒット曲「I’m Poppy」を聴くことができる。「Who’s the drummer in this?」と尋ねると、演奏されている曲のドラマーの名前を教えてくれる。HomePodの案内で音楽をインタラクティブに楽しむことができる。

Home Assistant:スマートホームのハブ

HomePodはスマートホーム基盤HomeKitと連動し、家の中の家電を音声で操作できる。帰宅して「I’m home」と言えば、家の中の灯りがともり、空調が設定した温度で稼働する。また、「Open the shades halfway」と指示すると、窓のブラインドが半分上がる。今まではiPhoneのSiriに向かって指示していたが、これからはデバイスを取り出す必要はなくHomePodに直接語り掛けることができ便利になった。

出典: Apple

Siriの機能アップは無かった

HomePodはこれ以外にSiri経由で様々なタスクを実行できる。ニュース、翻訳、株価情報、メッセージ、天気予報、備忘録などの機能が揃っている。ただ、これらは従来から提供されており、Siriの大きな機能アップは無かった。AppleはHomePodをApple Musicを楽しむスピーカーとして位置付けており、Siriは付属機能としてその陰に隠れている。大きく機能アップしたSiriがHomePodでデビューすると期待していただけに拍子抜けした感がある。

SiriはOSからクラウドに進化

他社に後れを取っているSiriであるが、昨年は大きく開発方針が変わり、Siriの機能が一般に公開された。SiriはiOSの一部であったがこれがクラウドに進化し、パートナー企業は音声で操作するアプリを作ることができるようになった。SiriはもはやOS機能ではなくボイスクラウドとして再出発した。この機能を利用して音声操作できるVenmoやUberアプリが登場し、Siriの利用が大きく広がると期待された。

しかしSiriアプリは広がっていない

しかし音声アプリの開発は進まなかった。この理由はSiriボイスクラウドで使えるコマンドに制限があるためで、アプリ開発が難しいことが判明した。このためSiriのエコシステムは広がらずアプリの数は伸び悩んでいる。企業の多くは音声アプリを開発するプラットフォームとしてSiriではなくAmazon AlexaやGoogle Homeを選んでいるという厳しい現状がある。

Siriが成長しない理由

Siriはアメリカで最大規模の人工知能研究プロジェクト「CALO Project」で生まれた技術である。当初はこの技術を商用化したSiri社がApple iPhoneの仮想アシスタントとして提供した。Steve JobsがSiriの機能に感銘して会社買収を決定したとされる。しかし、買収した翌年にJobsが他界し、SiriのApple社内での位置づけが定まらづ、これが開発の遅れに繋がったといわれている。

主要メンバーの離脱

Siri開発方針が揺れ、これに不満を持ったキーマンが会社を去っている。Siri創設者のAdam CheyerとDag KittlausはAppleに見切りをつけ、2012年AIベンチャー「Viv」を立ち上げた。Vivは仮想アシスタント機能を第三者に提供するサービスでSiriより高度な技術を持つとされる。他の6人のメンバーもAppleからVivに移転した。Vivは2016年、Samsungに買収された。

プライバシー保護とAI開発

Appleは個人のプライバシーを保護するため、開発に厳しい制限を設けている。この規制がSiri開発の障害になっている。Siriの利用者数は全世界で4億人弱で毎週20億件のトランザクションを処理する。膨大な量のデータが蓄積されており、Siriのアルゴリズムを教育するには最高の環境にある。しかし、Appleのプライバシー保護ルールは厳格で、Siriで処理したタグ付きデータは6か月間に限り保存される。一方、GoogleやAmazonは利用者の請求が無い限りデータは無期限に保存される。このルールの違いがAIの機能や精度に大きく影響している。

出典: Apple

AIスピーカーが百花繚乱

HomePodが音楽機能を重視したスピーカーとして登場したが (上の写真)、市場には数多くのAIスピーカーが出荷されている。GoogleやAmazonの他に多くのベンチャー企業から製品出荷が予定されその数は50社近くに上る。HomePodが目指している高機能スピーカーも出荷されようとしている。SonosはWiFiで接続された音響システムを発売しており、スピーカーをスマートフォンで制御する仕組みが若い世代に受けている。SonosはAmazon音声クラウド「Alexa Voice Services」を使って音声で操作するAIスピーカーを投入する。このレンジのAIスピーカーがApple HomePodと正面から競合する。スピーカーは音声で操作するのが当たり前となり、差別化が難しく競争が激化している。

AppleのAIに関する基本姿勢

競争が厳しくなる中Siriは何処に向かうのか、多くのAppleファンが気にかけている。その手掛かりはCEOのTim Cookの発言の中にある。Cookは世界開発会議の後のインタビューでAIに対する基本的な考え方について述べている。AIの機能が加速度的に向上し人類に大きな恩恵をもたらしていることを評価するとともに、その危険性に懸念を示している。AIは人間が理解できない領域で物事を判断し、AIの制御が人の手を離れることが大きな問題だと指摘する。これはAIのロジックがブラックボックスで、それを利用する人間はAIの判断基準を理解できないことを意味する。挙動を完全に理解できないAIに対してAppleは製品化に慎重なポジションを取っている。

プライバシー保護とFBI捜査

Cookは個人のプライバシー保護を最優先に事業を構築している。AppleとFBIのやり取りは記憶に新しい。FBIからテロ事件捜査のため、iPhoneの暗号化データを復号化するための技術を提供するように求められたがAppleはこの要請に応じなかった。また、AppleはFBIからiPhoneにアクセスするためのバックドアの設置を求められたが、この要請にも応じていない。個人のプライバシー保護を優先しての判断で、この思想がSiri教育のための個人データの利用制限にも及ぶ。

Siriは輝きを取り戻すのか

AppleはAIに関して慎重なポジションを取るが、同時にAIの先進技術の開発を積極的に進めている。Appleの巨大な内部留保を背景にAIベンチャーの買収を加速している。また、AI研究者の採用を活発化し、研究成果を公開する方針に切り替えた。Appleの自動運転車開発プロジェクトTitanではAIが製品の機能を決定する。AIに慎重なAppleであるがそのポジションが徐々に軟化している気配を感じる。AppleのAI研究が進む中Siriは輝きを取り戻すのか、Appleファンだけでなく世界が注目している。

Apple WatchをAIで機能強化、スマートウォッチで心臓の異常を検知

May 26th, 2017

Apple Watchは健康管理のウエアラブルとして人気が高い。ただ、センサーの機能には限界があり心拍数計測精度が不安定といわれる。このため、Apple Watchで収集する心拍数データをAIで解析し心臓の異常を検知する研究が進んでいる。病院でECG検査を受けなくても、Apple Watchで24時間連続して心臓の健康状態をモニターできる。

出典: Cardiogram

Cardiogramというベンチャー企業

この技術を開発したのはサンフランシスコに拠点を置くCardiogramというベンチャー企業だ。同名のCardiogramというアプリがApple Watchで測定した身体データを解析し心臓の動きを把握する (上の写真)。デバイスと連動し心拍数がエクササイズにどう反応するかを把握する。また、平常時の心拍数をモニターし、身体がストレスや食事などにどう反応するかも理解する。更に、心拍数を解析し心臓疾患を検知する研究が進められている。

Apple HealthKitと連動

Cardiogramは健康管理のアプリとしてiOS向けに開発された。Cardiogramの特徴は身体情報をApple Watchで収集することにある。Appleは健康管理アプリ開発基盤「HealthKit」を展開している。Apple Watchで計測した身体データは利用者の了解のもとHealthKitに集約される。CardiogramはHealthKit経由で利用者の身体情報にアクセスし、これらデータを解析し健康に関する知見を得る。具体的には、Apple Watch利用者の心拍数、立っていた時間、消費カロリー量、エクササイズ時間、歩数などを可視化して分かりやすく示す (下の写真)。

出典: VentureClef

Evidence-Based Behavior

Cardiogramは「Evidence-Based Behavior」という手法を使って心臓の挙動を把握する技術を開発している。この手法は日々の行動やエクササイズがバイオマーカーにどう影響するかを検証する。例えば14日間ジョギングをすると、これが心拍数にどう影響するかを解析する。これで心拍数が7%低下すると、この行動は健康に効果があると判定する。Cardiogramは健康管理に役立つエビデンスを特定して利用者に示す。ジョギングの他に自転車、瞑想、ヨガ、睡眠時間などのプログラムが揃っている。また、スマホを絶つと健康にプラスに作用するのかを検証するメニューもある。

Apple Watchで不整脈を検知する研究

CardiogramはApple Watchを使って心臓の状態をモニターし、AIで異常を検知する研究を進めている。これはUC San Francisco (カリフォルニア大学サンフランシスコ校) との共同研究で「mRhythm Study」と呼ばれている。6185人を対象にApple Watchで収集した心拍データを解析し不整脈の一種である心房細動 (Atrial Fibrillation) を検出する。臨床試験の結果、判定精度は高く97%の確率で心房細動を検知できたと報告している。

心房細動を検知するアルゴリズム

Apple Watchで収集したシグナルから心房細動を検知するアルゴリズムにAIが使われた。アルゴリズムはConvolutional LayerとLSTM Layerを組み合わせた四階層の構造を取る (下のダイアグラム)。アルゴリズムに心拍数を入力するとタイムステップ毎にスコアを出力する。スコアは心房細動が発生している確率で、これを各時間ごとに見ることができる。つまり、Apple Watchを着装しているあいだ、いつ心房細動が起こったかを把握できる。病院のECGを使わなくても市販のウエアラブルにAIを組み合わせることで心臓疾患を把握できることが証明され、その成果に注目が集まっている。

出典: Cardiogram

データ収集が課題

同時にこの研究で課題も明らかになった。アルゴリズムを教育するためにはタグ付きのデータが数多く必要となる。このケースではApple Watchで収集した心拍シグナルとECGで計測した心電図のデータを大量に必要とする。特に、患者が心房細動を発症した時の両者のシグナルの紐づけがカギとなる。しかし、これらのデータは病院における心臓疾患患者のECG検査で得られ、その数は限られている。このため、この研究ではモバイル形式のECG測定デバイス「Kardia Mobile」が使われた。

Kardio Mobileとは

Kardia Mobileとはスマートフォンと連動して機能する心電図計測デバイスである。Kardia Mobileには電極が二点あり、被験者はここに指をあててて心電図を計測する (下の写真下段)。測定時間は30秒で、結果はスマートフォンのディスプレイに表示される (下の写真上段)。ガジェットのように見えるが既にFDA (米国食品医薬品局) の認可を受けており、医療システムとして病院や家庭で使われている。研究ではこのKardio Mobileが使われ、6,338件のデータを収取し、これらが教育データとして使われた。因みにKardio MobileがFDA認可を受けた最初のモバイルECGで小さなデバイでも心電図を高精度に測定できる。デバイスの価格は99ドルで、簡単に心電図を測定できるため米国の家庭で普及が始まった。

出典: AliveCor

GoogleのBaseline Project

Googleもウエアラブルを使って心臓の状態をモニターする研究を進めている。Alphabet配下のデジタルヘルス部門Verilyは人体のバイオデータを解析し、健康状態を把握することを目標にしている。これは「Baseline Project」と呼ばれ健康な人体を定義し、ここから逸脱すると「未病」と判定し、利用者に警告メッセージを発信する。Verilyは2017年4月、リストバンド型のバイオセンサー「Study Watch」を発表した (下の写真)。ECG、心拍数、活動状態をモニターでき、Study Watchを使った大規模なフィールド試験が始まった。

出典: Verily

健康管理に役立つウエアラブル

実はここ最近Apple WatchやFitbitなど健康管理のウエアラブルは販売が低迷している。Fitbitは大規模なレイオフを実施し事業を再構築している。消費者は健康管理のためにウエアラブルを買うが、センサーの機能と精度は限定的で思ったほど役立たないというのが共通した声だ。市場は高精度・高機能のウエアラブルを求めており、Apple Watchなどは対応を迫られている。その一つの解がAIで、既存センサーをアルゴリズムで補完することで機能を強化する。Cardiogramがその実例で健康管理に役立つことが証明された。本当に健康管理に役立つウエアラブルが求められておりAIの果たす役割が広がってきた。